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【自分を知る方法】 見つめて、ろ過して、取り出して、受け入れてみる

イエスノーチャートで自己診断をしてみたり
手相やホロスコープ、姓名判断など
自分を知りたいと思ったとき
外側にある何かに、つい、頼りたくなってしまう

そこで教えてもらうことにも
「そういう一面もあるなぁ」と新たな自分に触れた気持ちになるし
「やっぱりそうだったか」と腹落ちさせられることも多々ある

けれど、自分の外から言われたことは
時間の経過と共に記憶から薄れていってしまう
もしくは自分に都合の良い部分だけが切り取られて
本来の意味を失ってしまうこともある

そうしてまた、思いふけった半夜
「本当のわたしはどんな人間なのか?」と
外側にある何かに手を伸ばしてしまうのだ

これは、過去に自分さがしで路頭に迷っていたわたしがとっていた行動

どうだろう?
自分を知りたいと、もがいているあなたは
わたしと同じような行動を繰り返していないだろうか


何か感情が動く出来事があったとき
怒りたくなることや悲しくなること
喜びや楽しくなるときも
最近のわたしは、なぜそう思ったのか自分の感情を見つめるようにしている

外側に答えを求めていた頃は
自分の感情を動かした相手となるもののことばかり考えていた
「あの人がこう言ったから腹が立った」
「彼のこういう行動が許せない」
特に嫌な感情を抱いたときは、「相手」が重要だった

けれど今は「自分」を見つめるようにしている
あの人の放った言葉が自分の感情をどう動かし、どこの記憶に触れたのか
彼の行動の何を問題だと考え、自分はどうしていきたいのか

そうして、自分の感情や思考をひとつずつ見つめていくことは
自分自身をろ過しているような感覚になる
ろ過は通常、不純物を取り除くために行う工程だが
自分自身をろ過したときに取り出されるさまざま「自分」は不純物ではない
その多面性こそが自分自身を創り出していて
それこそが本当の自分がわからなくなる理由でもある

取り出された自分の中には受け入れ難いものも、もちろんある
自分の中にそんなダークな一面があったのか、と落ち込むこともある
さまざまな自分に気がついて
本当に手放したいものは少しずつ手放せば良いけれど
ダークだからといって自分の中に不要なわけではないものは
また少しずつ「それも自分だ」と受け入れていけば良い

外側に頼って答えを求めるよりも
自分の内側を見つめることの方が
より本質的な自分を知ることができる

もし本当の自分を知りたくて外側に頼ってしまいそうなら
まずは自分の内側を見つめて、ろ過して、取り出して、受け入れることを奨めたい
苦しくなることの方が多い作業だけれど
外側に教えてもらう自分よりも、より腹落ちできる
そうすれば「これも本当の自分」だと受け入れていける

きっと思いもよらない自分が
爆音の効果音を引っ提げて颯爽と登場したり
ときには音も立てずに物陰からひっそりと顔を出してくるはず

それを楽しんでみよう

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