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ライトノベル作家を目指して、今年で30歳になります。

中学生のころの夢はライトノベル作家でした。当時、本屋に並んでいる色鮮やかなライトノベルの表紙の中、ピカピカの金の帯に書かれた「第8回スニーカー大賞 大賞受賞」という文字に目を奪われ、手に取った「涼宮ハルヒの憂鬱」。それがどっぷりとライトノベルにハマるきっかけとなりました。

福岡の片田舎で「何か大きなことを成し遂げたい」と思っていた中学生のわたしには、本の冒頭で語られたあの有名な前口上「ただの人間には興味ありません」という言葉がなんだか自分の主張を代弁してくれているようで、深く心に刺さりました。

学校でも勉強はできる方でしたので、「国語も得意だし、本もクラスの中では一番読んでるから、自分なら書ける」と根拠のない自信にあふれていました。まずは原稿用紙6枚くらいの超能力ものの短編を書いてみました。しかし、テストの小論文なら「いい点数をつけてくれ」と言わんばかりに、人に見せたくなるにも関わらず、自分で書いたその短編を誰かに見せる勇気がなく。その後も、ひっそりと書いては、誰にも見せることのない文章が溜まっていきました。

ある日、隣のクラスに自分の小説をホームページに公開している女子がいるという話を聞きました。気になってサイトにアクセスして読んでみると、わたしよりも圧倒的にうまい。文才がある。これを同じ中学生が書いて、しかもこんな福岡の辺境の地から世界中の人に向けて発信しているのかと思うと愕然としました。しかし、クラスの人たちは「〇〇さんって、あんな小説書いてるなんて痛いよね」と本人のいないところで笑い、小説に出てきたセリフを一発ギャグのように披露する始末。そんなクラスの俗物に自分も小説を書いているという恥ずかしい事実がバレてしまわないよう、なんとなく笑って合わせていました。

そうしているうちに、わたしは小説を書くことをやめました。心の奥では「なれるなら、ライトノベル作家になりたい」と、そんなあわい希望をずっと持ち続けていましたが、WEBでライトノベル作家の平均年収を調べ「1円も稼げない人がこんなにいる、これでは食べていけない」と極めて理性的に、希望を押しころしました。けっして文才がないからやめたのではないと自分に言い聞かせて。

その後、地元の福岡から出たかったわたしは、同志社大学 経済学部に入学を決め、京都へと飛び出しました。大学3年の就活の時期になると、これまた理性的に「ある程度年収がもらえて、なおかつ本に関わる仕事がしたい」と出版社を目指すことにしました。5社受けた出版社のうち、なんとか1社だけ滑り込みで内定をもらえて、いまではその出版社の営業部で働いています。大学の友人からは「やりたい仕事を選べてよかったね」と言われました。

本はいまでもよく読んでいて、最近では、こっそりとペンネームを使ってブクログという書評をWEBに記録できるサービスを使いはじめました。「43点。序盤のストーリー展開は引き込まれたが、途中から退屈な展開になって読み終えるのが苦痛だった。」、「76点。この著者には光るものを感じる。もっと頑張ってほしい。」、「40点。」「15点。」「65点。」「27点。」…、多くの本を読んできたからか、本の批評に関しては一定の自信を持てるようになりました。わたしの書評を待っているフォロワーもいるんです。これはけっこう誇っていいのではないでしょうか。

けれど、たまに他の批評家の方と言い合いになることがあります。「この作品に76点なんて高得点つけるとは見る目ないですね。これは5点もないですよ。」そんな棘のある言葉に、少しいらっとすることもありますが、「人それぞれ感じ方は違いますね。」と冷静に短い文章で返しています。こんな瑣末なことで意地になったりはしません。もう大人ですから。

こんなわたしも、今年で30歳になります。

誕生日の前日、29歳最後の夜。節目には掃除をしたくなるもののようで、「本棚の整理でもするか」と、80点以上の残す本、79点以下の捨てる本、を選り分けていると。1冊のライトノベルが目につきました。表紙は色褪せてしまって、ピカピカの金色の帯もどこかにいってしまった「涼宮ハルヒの憂鬱」

「あれ、このまま年を取ってしまうのかな…」そう思うと、急に怖くなりました。自分の人生がからっぽで、空虚で、なんの意味のないもののように感じました。あんなに憧れたことに、本気になったことがない。いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ。このまま、「ただの人間」のまま、挑戦もせずに終わるなんていやだ。

もうあのときのような、純粋な想いで文章を書くことはできないけれど、それでも自分の文才を試したい。時計をみるといつのまにか0時を過ぎ、30歳になっていました。本棚に入らなかった79点以下の捨てる本の山が手前で崩れています。この今日という日を新たなスタートの日にすると誓って、わたしはPCの前でnoteの投稿ページを押し、ゆっくりと深呼吸をしました。

※この話は、実話とフィクションを含みます。

ショートショート タイトル:
「ライトノベル作家を目指して、今年で30歳になります。」


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