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’体毛’考〜「置かれた場所で生えなさい」ですと?〜

毛に対する我々の認識

全く内容が同じものでも、それが存在する場によって意味や扱いが全く変わってしまう現象は、この世のあちこちに存在する。これは、我々人間の身体に生えている毛=体毛にも大いに当てはまる。

同じ毛でも、頭髪か眉毛かまつ毛か鼻毛か髭か胸毛か脇毛か指毛か陰毛か産毛か、生えている場所で人間により名称をつけられ分類され、さらに人間による価値基準によって測られ、扱いも全く変わってしまう。おしなべて、穴状の部位や窪んだ部位から生えている毛、あるいは広範囲な面積に生えている剛毛は「ムダ毛」として忌避対象となる傾向がある。

まつ毛と鼻毛を事例として

特に、まつ毛と鼻毛の扱いの違いよ。同じ顔面の中で生息地がほんの数センチしか離れていないというのに!しかもその毛の見た目の形状(長さ、太さ)がほぼ見分けがつかないくらい似ているというのに。

まつ毛であれば、瞳を縁取る役目として長くて豊かであればあるほど美の象徴として賞賛される。特に女性はまつ毛が細くまばらで短いと、マスカラだのアイラッシュビューラーだの付けまつ毛だのまつ毛パーマだの、近年はまつエクだのまつ毛美容液だのありとあらゆる手段を駆使して何とかしてまつ毛を太く長くたくさん生えているように見せようと躍起になる。

それに対して、まつ毛の斜め下のすぐ近くに生えている「鼻毛」となると、途端に手のひら返しだ。たとえ1本だろうが長さが1mmだろうがほんの僅かでも鼻の穴から覗いて人の視界に入ろうものなら、馬鹿っぽくだらしない見た目と判断され、途端に迫害対象と化する。そしてそれを覗かせていた本人もこれに気づいた瞬間、何て自分ははしたないのだ!と鼻毛を排除できていなかったことに対する落ち度とみっともなさを大いに恥じ入り、イソイソと毛を視界から取り除く(切る・抜く)のだ。そしてどんな美女だろうが美男だろうが、一本1ミリでも鼻毛が見えただけで100年の恋も醒めることは茶飯事。げに鼻毛の破壊力はすさまじい。

まつ毛と同様に、故意に鼻毛を密に太く長くさせようとする方向性なんてこの人間世界の価値基準では言語道断あり得ない。同じケラチンを成分とする「毛」なのに、まつ毛と鼻毛では認識と対応、待遇がここまでも違うのだ!

私も、自分や他人の顔の目と鼻の間の微妙な場所に短い毛が付着しているのを見つけた途端、微妙に目の遣り場に困ってしまう。脳内でこれはまつ毛か鼻毛のどっちだ?というジャッジ機能がバグるのだ。一体どちらなのだ?という推測とそれによる自他のプライドに対する忖度と、多岐にわたる自問自答が始まる。(これはもしや鼻毛か?…ww。いやいやこれはきっと眠くて目をこすった際に抜け落ちたまつ毛に違いない。そう。まつ毛ということにしておこう!)見た目がまつ毛か鼻毛かどちらなのかわからないくらいそっくりなので、その時の自分の都合の良いように解釈する。これも明らかにまつ毛と鼻毛に対する自分の中でのランクづけによる扱いの差からくるものであろう。

鼻毛が鼻に入ったところで痛くも痒くもないけど、まつ毛は一本でも目に入ると、程度の差はあれ何らかの違和感や痛み、場合によっては激痛がするのだ。特にコンタクトレンズをしていたり、同時に目に砂埃が入った時などは。

にもかかわらず、まつ毛の扱いは鼻毛よりもはるか上にランク付けされ、瞳を縁取る高貴な侍従として美的に優れたものとして位置している。まつ毛は眼の中に、そして鼻毛は鼻腔の中にそれぞれ異物が入るのを防ぐ作用をしているに過ぎないのに。それぞれの毛は各々に最適な形態をなして、各自の持ち場で自然あるがままの役目を果たしているに過ぎないのに。

’毛’の立場になってみる

これは、ひるがえって「毛」側の立場になってみれば、理不尽極まりないであろう。
同じ成分を持つ「毛」として、彼ら自身の生えてくる場所によって持ち主である人間によってここまで待遇が変わってしまうなんて。まさに「毛の生える部位ガチャ」としか言いようがない。置かれた場所で生えなさい。という言葉でもって迫害される自らの身を慰め、または優遇され助長される自らの優越感に浸り、あるいはうまく生えることの出来ない自らの身を責めたり恥じたりしながら、彼らは懸命に抜けては生えるを繰り返す。

不毛?有毛?

我々人間は、こうやって自分たちの体に生えている毛をランク付けして呼び名や印象付けなどで対応を変え、抜いたり切ったり剃ったり、はたまた増やそうとしたり見せかけだけの毛を付け足して躍起になったりしている。

我々人間は、体毛を意図的にコントロールしているように見えるが、その実、我々自身が毛に振り回されているのだ。

こうして書いていると、「毛」という文字がゲシュタルト崩壊してきた。そして今、最も毛に振り回されているのは、毛を異様に熱く語っている、まぎれもないこの私なのだ。

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