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おみくじを作ってみた。

駄菓子店で点取り占いを久しぶりに買って、「どれどれ」と開こうとしたら糊がしっかり付きすぎていてうまく剥がれず、一枚ずつ時間をかけて端っこをビリビリにしながらこじ開けて、そこまで苦労したのに中を見て一気に脱力する、という体験をしました。点取り占いを台紙ごと(12付)大人買いすることもできる昨今ですが、全種類欲しいといえば、長年「おみくじ」に対して漠然と思っていたことがあります。

それは、以下の三つ。

①「おみくじを全種類見ることはできるのか」

②「寺社で授かるのと同じおみくじをまとめて全部買うことはできるのか」

③「伝統的なおみくじを自作することはできるか」

今回、休暇中に「おみくじ」調べに取り組んでみました。

まず、①を調べようとして、先にネット検索ですぐに分かった②から。

【②おみくじをまとめて買うこと自体は、「できる」】

パーティグッズのネットショップ(註1)では、寺社でよく目にするおみくじが販売されており、紙質や折りたたんでいるか否かで価格に幅はあるものの、一番安いものでは3,000円くらい。ただ私が見た限り、販売されているのは1~50番のセットが多く、百番まで見られない。中にはパーティ向けだからと凶が入っていないセットもあり、おみくじの醍醐味である凶が含まれないのは、サビ抜きの寿司みたいだなとも...

そんなわけで「一部の寺社と同じおみくじをまとめて買うことは出来るが、内容は50種類、また凶が含まれないなど、全種類は入手できない」という結果(自分調べ)でした。

では、どうすれば全種類のおみくじを見られるか。

【①おみくじを全種類(1〜100番まで全部の内容を)見ることは、いくつかの方法で「できる」】

今年の正月、私の兄が引いた凶みくじの恐ろしい挿し絵。

くじを引いた時に見せてもらったものの文字が読みづらく、凶なのですぐにお寺の所定の場所に結んでしまって現物はなく、その絵の意味をこの半年、ずっと知りたい調べたいと思いながら「まぁ無理だろうな」と諦めていました。

でも今回、ネット上で公開されているデジタルデータの中からその時の絵をようやく見つけて「あ、コレだ」と。この、賊が押入り刀を振りかざしているような絵...

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(国立国会図書館『元三大師御鬮判断諸抄』1895より)

おみくじには今も昔も各種あり、和歌がしるされたものや言葉の説明だけのもの、最近では招き猫やだるまみくじや「恋みくじ」なども見かけますが、兄の凶みくじきっかけで俄然、興味を持ったのは漢詩+挿絵のついたおみくじ。

これは江戸時代初期から人気となり相次いで出版された、中国伝来の天竺霊籤の日本語解説書(日本版おみくじ本)の『元三大師みくじ』と呼ばれるものらしいです(註2)。

テキストによって挿絵・注釈の有無や内容、解釈が若干違ったり、漢詩(字)の誤用や絵の表現が違うなど、研究者により幾つかに類別されているようですが、私が画像で目にしたものの多くは明治や大正期に刷られたもので、基本内容や絵は類似していて、絵としては簡素であまり気合の入っていないものが(特に後から作られたものには)多いな、という感想です。かといって魅力がないわけではなく、ある種の面白さも。

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例えば上の画像(『元三大師御鬮絵鈔』上・明治42)の右が16番吉、左が17番凶ですが、右は謝罪している絵に見えるし、左は良い器を手にして喜んでいる絵にしか見えないんですが...参考図書(註3)によると右は「目上(貴人)の助けを得て、運の開く形」で、左は「(悪いことが重なり)ままよと酒を飲み始めたが、かえって心の鬱屈は増すばかりである」という漢詩なので挿絵としてはやや無理があるところが、なんかいい。

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上の画像(『おみくじ』明治23)の挿絵は繊細で味があるものの、少し線が細すぎて見えづらく、くずし文字も読みづらいなと...

今回、おみくじの事を詳しく紹介しておられるサイト(註4)などの情報をもとに、早稲田大学図書館や国立国会図書館のデジタルデータで公開されている【みくじ本】の中から制作年代順に(a)『元三大師御鬮絵鈔』(貞享元〔1684〕)、(b)『おみくじ』(明治23〔1890〕)、(c)『元三大師御鬮判断諸抄』(明治28〔1895〕)、(d)『元三大師御鬮絵鈔』上・下巻(明治42〔1909〕)、(e)『開運御鬮独占ひ : 心霊会占考』(大正4〔1915〕)を見ました。

年代順に3種類の本の挿絵部分を抜き出して並べてみます。元になる漢詩は(ほぼ)共通なので、高い塔や雲に隠れがちな月、お香を焚く様子など、「ああ、同じことを絵で伝えようとしているのだな」と分かります。

(b)『おみくじ』(明治23〔1890〕)....前掲の繊細な絵とくずし字の組み合わせのおみくじ

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(c)『元三大師御鬮判断諸抄』(明治28〔1895〕)...お正月に兄が引いた怖い挿絵入りおみくじと同じ絵のシリーズ

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(d)『元三大師御鬮絵鈔』上・下巻(明治42〔1909〕)...すっきり見やすい絵だが、先に紹介した通り、吉や凶に見えない絵などがある

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残りの(a)や(e)もデジタルデータで閲覧、ダウンロード可能。

そんなわけで、おみくじ(元三大師みくじ本が大量に流通したことで)全種類(一〜百番)を見ることも可能だし、基本は共通だが様々なバリエーションのみくじ本を見ることもできる(ネット経由の画像や古書店で現物のみくじ本を入手)、でした。

③「伝統的なおみくじを自作することはできるか」に挑戦してみた

今回は前掲みくじ本(a)〜(d)の絵部分を1〜100番までプリントアウトして参考書(前掲:註3)で漢詩や注釈の解説などを確認しつつ、1〜10番(+三十九番、五十番、百番も)の挿絵を自作してみました(それぞれを真似つつ要素をミックスしつつ他の資料をもとにした改変も含む)。漢詩の左の備考欄はテキスト(e)の注釈から気になる内容を抜粋したもの。

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一番大吉。大吉なのにテキストによって注釈に「生死は死す」などとあり、頂上に登る運勢(塔はその象徴)ゆえの戒めが中心で、背筋の伸びる内容。

二番小吉。月が雲に覆われるようにとかく思うままにならないが時節の到来を待て(ば思いがけず運勢は開かれる可能性がある(e))、と諭し励ます内容。

三番凶。賢者も煩悩に心を悩ませていると、何事も思い通りにならない(青空に向かい香を一本たいても煙と消えてゆく)。凶ではあるが「じっと我慢して時を待つが良い」と激励してくれるので救いのある内容。

四番吉。立身出世の兆しがあるが、まだその待遇にはない。もし主人からお墨付きを受けることができれば良きことが次々と起こるだろうという内容。これも時期を心して待て、的なお言葉。

五番凶。参考書に「一家の運勢はまだ安泰ではなく非常に危うい状態で..」と解説があり、しかし参考にしたみくじ本ではどれもいまひとつイメージが伝わらないので、広重『木曽街道六九次之内 宮ノ越』の「夜逃げの一家(註5)」らしき家族の絵を参考にしてみた。

六番末吉。「宅墓」は最悪の運勢を指す用語らしく、「鬼」(魔物)の表記もあり、内容はほぼ凶だが漢詩の最後の部分に「福」の字もあり希望が含まれている。

七番凶。舟で出かけようとしたが雲が月にかかってきたので、それではと車を引いて行こうとすると、目の前に高山が続き、行く手を塞いでいる、という内容。時期到来を気長に待て、という話に行き着く。

第八番と第十番はどちらも、最初は悪いようでも次第に良くなり成功する、または一度枯れた木が春になって花を咲かせる、という上向きの運勢を予感させるので、ぜひとも引いてみたい大吉たち。従来の絵だといまひとつ分かりづらいので第十番はお花見の絵にしてみた。

第九番。漢詩部分に出てくる貴人とは「引き立てて援助してくれる目上の人物」で、目上の人物が引き立ててくれすべての望みがかなう、という内容。注釈にも何かと「目上の命に従え」、「旅行道連れ目上の人ならばいよいよ善し(e)」などと出てくる。

次に冒頭で紹介した、今年の正月に見た「賊に切りつけられそうな」怖い絵のおみくじの第39番。それぞれのみくじ本の挿絵はこんな感じ。

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漢詩の内容の解説には「遠方を望めば、故郷が火災にあった。災難がたびたび起こって大切な財産を失ったようなものである」とあり、挿絵としては炎上する家屋がイメージに近い。参考のおみくじ本の多くは火災の絵ではなく、賊に襲われる図が二種類(上画像(a)(c))、(d)は家から最小限の荷物を持って逃げる絵なのかも知れないが、切迫感がなく伝わりづらいので(b)に近づけた。

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そして、元三大師みくじの第100番、凶。百番の凶はどんなものかというと...

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参考書によると〈財禄は白雲の間に走り去って無一文になり、隠者の印の琴を携え、深山に分け入ったものの、仙人には逢えず、むなしく心を悩ませてさらに迷うばかりである〉という漢詩らしい。どのテキストでも一人歩く姿が描かれひたすら寂しいようにも思えるのだけれど...私にはこの漢詩がどこか清々しくも思え、なんだか好ましいので飄々とした後ろ姿にしてみた。(c)と(d)はそっくり。

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そんな100番と似ているようで対照的なのが第50番。今回見た中で百番とともに私のお気に入り。

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参考書によれば〈望みを達するには、従来の方法を改めた方が良い。家を出て新天地を求めるなら多くの利が求められるであろう。それから先はトントン拍子に財宝も奉禄も望み通りとなるであろう〉という漢詩らしい。子犬が横を歩くのが可愛いので(d)を参考に自作してみた。(a)の絵は洗練されていて、ポストカードになりそうです。

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ここまで書いた中で細かい部分に間違いがおそらくあったり、説明も最小限になっていますが、「参考書では」「解説によると」とあるのはすべて『一番大吉!おみくじのフォークロア』中村公一(大修館書店)のp268~【観音籤訳注】の章を参照したので、自分の引いたおみくじの内容が気になる方は一度こちらの本をご覧ください。(e)『開運御鬮独占ひ : 心霊会占考』(大正4〔1915〕)も大いに参考にしました。

さて。伝統的なおみくじを自作することはできるか。は、100点を描くのは、過去のみくじ本を参考にしても、時代の風俗を知らぬ状態ではなかなか進まないので....「時間をかけて資料などが揃えばいつかはできるかも、完成したらどこかの展示会で自作の〈元三大師系みくじ〉を販売したい」でした。

【あとがき】

最近、掃除中に久しぶりに開いた大学の卒業論文(控え)の冒頭に、「私が近江の歴史・民俗に興味を持ち始めたのは今から約2年前、野洲郡野洲町K村での葬送儀礼を調査するため現地に訪れた時からである。」とありました。

大学の水が合わず、休学を挟んでようやく卒業できた経緯もあり、キャンパスライフの思い出は乏しく、在学中からデザインの仕事を始めて以来、大学で学んだこととはほぼ関係なく生きてきたと思っていましたが、おみくじを作ってみたくなったり、「絵般若」や郷土玩具鍾馗さんのある暮らしの風景に興味を持ったり、自分が知らず知らず(1)絵柄やデザイン、と(2)大学時代からの民俗学への興味、を融合させ=「面白かわいいもの+民間信仰」を求めて行動していることに思い当たりました。

母の死後に仏教や死生観に興味が出てきたことも、父を介護していることで見聞きする不思議な体験もそこに加わり、色々世知辛い時代にあって不安やある種の絶望を抱えつつも、日常が少しいろどり豊かになってきた気がします。

おみくじの内容をひもとけば、「その時を待て」「いずれは運が向いてくるので質実に励め」というお言葉が多い。当たるかどうかはともかく、その言葉を必要とした(する)人が昔も今もいた(る)のだなぁと思ったおみくじ調べなのでした。

※「自分でオリジナルの絵柄のおみくじを作ってみた話」へ続く。

【2020.1追記】おみくじ100種を掲載、プチ解説したZINEを制作しました。2019.11以降、自分の店(ハニホ堂)で発売中です。

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(註1)パーティーグッズ販売のショップで買える「本格的おみくじ」の例

(註2)元三大師(がんさんだいし)とは平安期の天台宗の座主・良源(慈恵)を指し、良源(下画像左)が自ら鏡に映った顔を映したという異形の像・角大師(つのだいし・画像右)を魔除けの護符とする風習が中世以降に盛んだったことから後世、中国伝来の占いと結びつけられ、みくじ本の書名や冒頭に名前が挙げられたり、本の冒頭にこれらの像がうやうやしく掲げられるに至ったらしい(太字部分は註3の参考書より)。

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(画像は(d)『元三大師御鬮絵鈔』上巻(明治42〔1909〕より)

2年前に他界した私の母が角大師のお札(上の画像右の姿)を壁に貼っていて、ずっと意味不明(当人も詳細は知らず何かの魔除けだと思っていたはず..)でしたが、今回「みくじ本」で同一人物?に再会するとは思っておらず、ひょんなことで謎が解けました。

(註3)上記の元三大師みくじの説明なども含め、解説など全般について『一番大吉!おみくじのフォークロア』(中村公一 大修館書店 1999.12)を参考にしました。

(註4)おみくじに関して、たくさんの情報を載せておられるサイト、【おみくじ好き!】。全国の様々なおみくじの画像や、資料の紹介、デジタルアーカイブへのリンクなど、おみくじに興味がある人に有益な情報多数。

(註5)『赤瀬川原平の名画探検 広重ベスト百景』(講談社)より

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