拾った服を着て、道に迷っても
「寒いから、厚着してきてね」というメッセージには、
「たくさん歩くことになるから、着脱可能できる感じがオススメだよ」なんて返したことを後悔するくらいの寒さだった。
寒い。
昨日とぜんぜん違う。
先週末の日中には、半袖だったのに。
今日は寒くて、風が吹いていて、雨も降りそうで
歩いているのに、ぜんぜん熱くならない。
念の為小さなマフラーを持ってきたことを褒めながら反省していた。
もうひとつ、大きいのにすればよかった。
バス停に着いたら、友達に連絡しよう。
いまは午前中で、待ち合わせの時間まではまだある。
わたしは、病院に行く途中の道を歩いている。
ああ、せっかく買ったばかりのカービィのスウェットを着てきたのに。
友達に、自慢しようと思っていたのに。
ジャケットのファスナーを、今日は下ろせそうにない。
*
この道を、好きだと思う。
なぜ好きか考えたら、玄関に近いから、だと思う。
家やお店の顔が、よく見える。
家の近くだと、門があったり、庭の奥の一軒家だったり、なかなか見えない。
見えたほうがおもしろいと思う。
行ったことのない美容院も薬局も、見慣れると親しい存在へと変わる。
ふいに、細々したものが目についた。
細々している。
それ以外の適切な表現がない。
小さなコンテナに、ぎゅっと詰まっている。
たぶん、文字……
ご自由にお持ちください
赤字で書かれた紙が現れて、納得した。
お庭に置いて、勝手に持っていってくださいってやつね。
なるほど。
病院には遅刻気味だし、ひとりだったので立ち止まらなかった。
でも視線は外さず、ぼおっと眺めていたら、きちんと畳んだお洋服も並んでいた。
それは、長袖のブラウスだった。
ああ、マフラーだったら持っていったかもしれない。
あたたかいマフラーなら、きっと。
*
そう思ったら、急に愉快な気持ちになってきた。
寒かったら、マフラーを買おう。
そういう気持ちで生きていこう。
RPGみたいで、いいかもしれない。
知らない街で地図を見て、行き先を決めて
レベルに合わせた装備に整えてゆく。
迷ったり、倒れたりしながら
友達の手を借りて、前へと進んでゆく。
*
現実世界では、なぜだか迷ったり倒れたりしてはいけないような気がしていた。
きちんとするべきだ、と思っていた。
失敗は、するよりしないほうがいいと思っていた。
きちんと準備して、過不足なく遂行すべきだと思っていた。
他人に、迷惑をかけないべきだと思っていた。
それはぜんぶ正しい、という見解も否定しない。
会社の一員として働いているときのわたしは、その気持ちが強かった。
間違っているとは思わない。
でも、あなたの前のわたしや、家でのわたしは、そうじゃなくていい。
「何もしなくていいよ」と、君は言う。
そしてわたしも君に「ゆっくり座ってなよ」と言う。
たぶん、そういうことだと思う。
少し、肩に力が入りすぎていたような気がする。
べつに、拾った服を着て迷うような生き方をしたってよかったはずなのに。
転んだら立ち上がって、笑えばよかったのに。
肩の力を抜くべきだ。
でも「抜くべきだ」なんて言いながら、力を抜くのはなんだか不自然な気がする。
わたしの肩に、ピカチュウが乗っていたら。
ニャンコ先生か、ケロちゃんでもいい。
ニャンコ先生はちょっと重いかな……
おなかに、トゲピーかチョッパーを抱えていても良い。
そういうやわらかな想像をしながら生きてゆけたら、
なんだかもう少し、やさしく生きられる気がしている。
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