水槽の中を、泳いだことはないけれど
雨が降っていることに、少し焦る。
焦るわたしはまぬけだ、とも思う。
梅雨の曇天は、いつ雨を降らせてもおかしくないというのに
天気予報も見ないで、いつものスニーカーを履いてしまった。
雨に弱い靴、カバンには小さな折り畳み傘。
この日のわたしは妙に強気で、「今日は散歩をしよう」と意気込んでいた。
雨で、散歩を失ったような気持ちで、しょんぼりと歩き出す。
行き場を失った子犬みたいに。
実際、行く宛てはなかった。
持て余した時間をどうしようか考えたけれど、やっぱり散歩をすることにした。
雨だから散歩をしたらいけないって、誰が決めたんだろう。
「雨だから散歩は面倒」というのはわかるけれど、「散歩をしてはいけない」ってことじゃないはずだ。
幸い小降りの雨に打たれながら、わたしはゆっくりと歩き始めた。
*
晴れの日用の、ずいぶんと軽いスニーカーに、じわりと雨が滲む。
心地良いとは決して思えないけど、歩けないほどじゃなかった。
「あ、この程度でいいわけね。ぜんぜんへいきよ」と、やっぱり今日の私は強気で
雨の匂いに釣られて、緑がぐんと香ってくる。
世界はそうして、少しずつ入り混じってゆく。
日傘兼緊急時用の傘も、案外わたしを守ってくれる。
日傘はもう持っているのに、新調した理由は「軽いから」だった。
手を離したらとんでゆきそうなくらい、身軽な傘を、少しだけ振り回す。
妙に身軽な気持ちになって、浮かれてしまう。
*
「まるで、水槽の中みたい」
小さくつぶやいてから、はっとした。
水槽の中になんか、入ったことはないのに、と気づいて笑う。
でも、確かにそんな気がした。
海でもプールでもなくて、何かに守られるような、小さな箱の中を、安全に進んでゆく。
*
雨の散歩も悪くない、そう結論づけた。
案外身軽で、自由で、雨の匂いも嫌いじゃなくて。
ただ、少し面倒で、それだけで
やっぱり、「今日は雨だからまっすぐ帰ろう」って、明日のわたしは思うかもしれないけれど。
もし、勇敢に駆け出したい日が雨だとしても
もう負ける理由はどこにもない気がした。
わたしはこれからも、この小さかったり大きかったり見える世界を
のんびりと、進んでゆくのだろう。
どこへ辿り着けるかもわからないまま、歩いたり、泳いだりしながら。
スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎