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水槽の中を、泳いだことはないけれど

雨が降っていることに、少し焦る。

焦るわたしはまぬけだ、とも思う。
梅雨の曇天は、いつ雨を降らせてもおかしくないというのに
天気予報も見ないで、いつものスニーカーを履いてしまった。
雨に弱い靴、カバンには小さな折り畳み傘。
この日のわたしは妙に強気で、「今日は散歩をしよう」と意気込んでいた。

雨で、散歩を失ったような気持ちで、しょんぼりと歩き出す。
行き場を失った子犬みたいに。

実際、行く宛てはなかった。
持て余した時間をどうしようか考えたけれど、やっぱり散歩をすることにした。
雨だから散歩をしたらいけないって、誰が決めたんだろう。
「雨だから散歩は面倒」というのはわかるけれど、「散歩をしてはいけない」ってことじゃないはずだ。
幸い小降りの雨に打たれながら、わたしはゆっくりと歩き始めた。

晴れの日用の、ずいぶんと軽いスニーカーに、じわりと雨が滲む。
心地良いとは決して思えないけど、歩けないほどじゃなかった。
「あ、この程度でいいわけね。ぜんぜんへいきよ」と、やっぱり今日の私は強気で

雨の匂いに釣られて、緑がぐんと香ってくる。
世界はそうして、少しずつ入り混じってゆく。

日傘兼緊急時用の傘も、案外わたしを守ってくれる。
日傘はもう持っているのに、新調した理由は「軽いから」だった。
手を離したらとんでゆきそうなくらい、身軽な傘を、少しだけ振り回す。
妙に身軽な気持ちになって、浮かれてしまう。

「まるで、水槽の中みたい」

小さくつぶやいてから、はっとした。
水槽の中になんか、入ったことはないのに、と気づいて笑う。
でも、確かにそんな気がした。
海でもプールでもなくて、何かに守られるような、小さな箱の中を、安全に進んでゆく。

雨の散歩も悪くない、そう結論づけた。
案外身軽で、自由で、雨の匂いも嫌いじゃなくて。

ただ、少し面倒で、それだけで
やっぱり、「今日は雨だからまっすぐ帰ろう」って、明日のわたしは思うかもしれないけれど。

もし、勇敢に駆け出したい日が雨だとしても
もう負ける理由はどこにもない気がした。

わたしはこれからも、この小さかったり大きかったり見える世界を
のんびりと、進んでゆくのだろう。
どこへ辿り着けるかもわからないまま、歩いたり、泳いだりしながら。




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