戸惑いから、ときめきへ
うすいピンクに、黒のリボン。
知ってる、この組み合わせ!
「ジルだ!!!」
ジルスチュアートには、とっておきのときめきがある。
むかし、安野モヨコ先生がジルの話をしていて憧れていた。ハタチくらいのとき。
そのときはジルのことなんかこれっぽっちも知らなくて。
東京のどこかの街でジルを見掛けたときは、言葉通り目がハートになったと思う。
積み重なった憧れが、爆発した瞬間だった。
わたしはいまでも、ジルスチュアートを愛している。
震える手で、袋を開く。
小さな箱。
だけど、化粧品やハンドクリーム、香水を扱うジルの商品ならば、何が出てきてもおかしくない大きさだった。
そして出会ったのは、うすいピンクに黒いフチ
ザ・ジルスチュアートのような王道カラーの、
「キーケース、かあ…」
*
三度まばたきをして、
これはもう、落胆と言ってもいい。
もうほんとに残念だけど、こういうことって、あるよね!?
定期入れを使わないのに、定期入れもらったり
本なんか読まないのに、ブックカバーをもらったり
みたいなことって、あるよね!?
わたしは、キーケースを使わない。
鍵はたくさん持っているけれど、家の鍵とその他に分けて、それぞれキーホルダーにつけている。
家の鍵はなくしても自己責任で、ごめんですむけれど
会社とか友達の家の鍵をなくすわけにはいかないから、キーホルダーを介してカバンにくっつるようにしていた。
だから、キーケース、は
使わないんだよなあ……
*
一生懸命選んでくれたプレゼントに「使わない」と烙印を押さなくてはいけねないことに、じわりと涙した。
わたしはなんてひどいやつなんだ、と思ってしまう。
こういうとき走り出してしまった感情を、止めることができない。
それでもおとなになったわたしは、少しだけ涙して途方にくれたあと、もう一度キーケースを開いてみた。
まあいい、使ってみよう。
自分の家以外の鍵を落としたら大変だ、という事実とか
わたしはキーケースを使ってこなかった、というのはやっぱり事実だけど
そういえばわたし、財布だって落としたことないからなあ。
そんなにビビらなくてもいいかもしれない。
キーケースには、キーホルダーとかカラビナをつけられる部分もあった。
これで、カバンと連結することもできそうだ。
*
いま、わたしはにんまりしながら、キーケースを使っている。
あんなに困って泣いたのに!
うそみたいに、わたしの暮らしに馴染んでいる。
もとから、そうだったみたいに。
ほんとうになんにも、問題なくて驚いている。
ただただ、かわいいだけだった。
*
ばかね、と
今宵、静かに反省している。
キーケースを使ってなかっただけで
絶対使いたくないなんて、そこまで思ってはいなかったはず。
「できない」と「やらない」とか
「できない」と「やりたくない」とか
「やりたくない」と「気になってる」とか
けっこう紙一重なことが多いよね。
ほんとは気づいてた。
でも、ときどき忘れちゃう。
どうしても嫌だと泣き叫んだっていい
そういうことからは、きちんと逃げるべきだけれど
「なんでやらなかったんだっけ?」と理由もわからないものは
とりあえず、試してみればいいんだよね。
合うか合わないかも、知らないだけで
まだまだ、知らないわたしがたくさんいるよ。
ときどき、教えてもらう。
誰かに
わたしの外側から
戸惑いから、ときめきへ、まるで羽化をするみたいに
変われるときは、訪れる。
これからキーケースで鍵を開けるたび、
わたしはきちんと、思い出していきたいな。と思っている。
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