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好きなものって、曖昧でいいのかもしれないね。

味覚がなくなる?
それっていったい、どんな感じなんだろう。

と、わたしも思っていた。

もっと正直に言えば、「そんなことがあるわけない」と思っていたし、なんだか遠い世界の出来事だと思っていた。

新型コロナウイルスという病がわたしの身体に訪れた際の初動は、腰痛だった。
なんだか身体が痛いと思って過ごしていたら、耐えられなくなり、気づくと発熱していた。
腰の痛みは、じわりじわりと前身を支配していったのだ。熱とともに。

インフルエンザの症状に似ている、と思った。
ただ違うのは、時間経過と共に回復しないことだったと思う。
今日は具合が良い、いまは調子が良い、と思ったすぐ後にぶん殴られる、というのを何度も繰り返していた。
いちばん激しくぶん殴られた6日目くらいの朝に、味覚を失った。

それは、唐突な出来事だった。
薬を飲んで眠って、切れた頃に目を覚まして、痛くて気を紛らわそうとアニメをつけて(たぶんこのときは転スラを見ていた)、こんなに痛くてかわいそうなわたしは、秘蔵のハーゲンダッツを食べる権利があると確信した。

おかしい、と思った。
なんだか味、薄いな。
熱もあるし、意識も朦朧としているし、こんなもんか。
いやでも、何かおかしい。
それは二層のアイスで、片側がアイスクリーム、もう半分がシャーベットのような食感になっていて、その違いはわかる。
でも、「味の違い」を追うことができなかった。
ハッと気づいて、デスクの香水に手を伸ばしたら、匂いがしなかった。

ああ、わたしはほんとうに、あの流行り病に感染していたんだ。

ばかみたいに、納得することしかできなかった。
ああこれは、病なのだと。

「複雑な味がわからない」と表現していた人がいて、なるほどなと思った。

甘い、しょっぱい、苦い、みたいな最低限の感覚は、うすぼんやりと早めに回復した。
最初から残っていたのかもしれない。
とりあえず何にでも醤油とソースをかける、不健康な暮らしが始まった。
カレーを食べてみたら妙に辛すぎて、「辛い」以外のすべてがわからなくなったと悟った。

「すべての味が薄くなる」という感覚に近いような気がした。
ぜんぶカロリーオフ、みたいな。

「素材の味がわからない」という感覚もある。
野菜炒めの、大枠の味付けはわかるけど、野菜の味がわからない。
緑の物体を、「これはアスパラっていうんだっけ? インゲン?」と思って食べてみたら、どちらか判別できなかった。

いまならたぶん大丈夫だと思うけど、
スターバックスの白い紙カップに、アイスコーヒーと、苦いお茶を淹れて差し出されたとしたら
わたしは、言い当てることができなかったかもしれない。
どちらも苦い、以上。
嗅覚もないし、視覚も奪われたら、わからないことってけっこう多い。なんてことを学んでしまった。

だから、相性の悪い食べ物のひとつがサンドイッチだった。

買ってくるものに関しては中が見えるし、名称も記されているので「そういう味ね」と思って食べれば、多少は想像で補える。
ただ、同居人が作るサンドイッチは、食パンにぎゅっといろいろなものが詰まっていて、中が見えない。

それでも、サンドイッチは好きだった。
もともと、手で持って何かを食べるのが好きだったから。
あたためなくても美味しいし、ずっとよろこんで食べていた。
じっくり咀嚼すれば、近所のスーパーの、いつもの食パンの味がするような気さえした。
でも、はさまっている食材の味は、よくわからなかった。
マヨネーズをかけて、チーズがはさまっているように見えるけど、味しないな。あとは何入ってんだろ。よくわかんないな。

ああ、でも美味しいな。
君の作るサンドイッチ、僕は好きだよ。

不思議だね、味なんて半分もわからないのに。
「これには、何がはさまっていたの?」と尋ねて、教えてもらって「なるほど。ぜんぜんわからなかった」と答えたはずなのに、わたしは笑って「おいしかったよ」と言う。

ほんとうにおいしかったんだ、サンドイッチは。
「おいしかったかどうか、わからなくてごめんね」と、わたしは何度も言ったけど
サンドイッチだけは、おいしいような気がしたんだよ。

好きなものって、曖昧でいいのかもしれないね。

ひとつひとつの素材を咀嚼して、理解して
一生懸命努めなくっても
ゆるやかに、「ああよかった」と思うように、
「なんとなく」を好きって言ってもいいのかもしれないね。
詳しくなくても、いま、おいしいとか、美しいとか、思えたら。
ただ、それだけで。

わたしは、サンドイッチに教わった。
いまはまだ難しいかもしれないけれど、
いつか、この学びが、わたしの歩みを後押ししてくれたら良い。
唇を噛む瞬間、ゆっくりと肩を叩くことができたならば。

あの苦しみに、ひかりを見出すことができたなら
少しくらいは、許してやれるのだと。そんな気がしている。



【photo】 amano yasuhiro
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