無敵のコーヒー
「コーヒー飲も!」
懐かしい、と思った。
自販機なんかどこでもあるのに、この青い自販機は
いや、”この場所にある自販機”は、特別だった。
その青さに目を奪われ、記憶と感傷がさあっと通り抜ける。
ペットボトルを選んだあと、隣を見て少しだけ後悔した。
ボスの、白缶にすればよかった。
それは、無敵のコーヒーだった。
*
「コーヒーでも飲む?」というのは、その男の口癖だった。
なぜか、毎度おごってくれた。
何かを話したいとき、
話し足りないとき、
行き詰まってしまったとき
いま思えば、「コーヒーでも飲む?」は、「もう少し話そう」の意味だったかもしれない。
わたしは何度も、ボスの黒と白の缶を見つめた。
君が黒、わたしが白の、コーヒーの缶。
*
わたしたちは、ありとあらゆる話をした。
「コインの裏と表のようだ」と、君は言った。
どちらが裏とか表とか、そういうのは都度違っていて
わたしたちは一枚のコインのように引かれ合い、また一枚のコインの裏表のように、決して交わらなかった。
その、絶妙な
なんとも言い難いこのバランス感が、わたしたちを無敵にさせていた。
少なくとも、わたしは無敵だった。
夢を語った。
現状を分析したりもした。
バカみたいなことも言った。
数え切れないくらいの煙草を吸った。
眉をしかめることも、大笑いすることもあった。
叱り合うこともあった。
そしてそのあいだ、なぜだかずっと無敵だった。
なんとかなる、というよりも「きっとできる」と思わせてくれる人だった。
*
自販機の青さが、記憶を彩ってゆく。
そうだ、そうだった。
甘いコーヒーと、煙草。
無敵だった、わたしたち。
あの頃みたいに話す時間がなくなったとしても、
別に、”あの頃”のわたしが、死んだわけじゃない。
おとなのフリをして、息を潜めているだけだということに、もう気づいている。
口先だけじゃなくて、きちんといくつかを叶えてきた。
今日も、あの道の続きを歩いている。
次にわたしが、白紙の地図に物語を絵描ける日がきたら、きちんと形にしてあげよう。
そう、きちんと形にして、叶えることができる。
わたしは白い缶コーヒーを飲んでいるその瞬間は、
いまもなお、無敵の愚か者でいられると、信じている。
【photo】 amano yasuhiro
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