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無敵のコーヒー

「コーヒー飲も!」

懐かしい、と思った。
自販機なんかどこでもあるのに、この青い自販機は
いや、”この場所にある自販機”は、特別だった。
その青さに目を奪われ、記憶と感傷がさあっと通り抜ける。

ペットボトルを選んだあと、隣を見て少しだけ後悔した。

ボスの、白缶にすればよかった。
それは、無敵のコーヒーだった。



「コーヒーでも飲む?」というのは、その男の口癖だった。
なぜか、毎度おごってくれた。

何かを話したいとき、
話し足りないとき、
行き詰まってしまったとき

いま思えば、「コーヒーでも飲む?」は、「もう少し話そう」の意味だったかもしれない。
わたしは何度も、ボスの黒と白の缶を見つめた。
君が黒、わたしが白の、コーヒーの缶。



わたしたちは、ありとあらゆる話をした。
「コインの裏と表のようだ」と、君は言った。
どちらが裏とか表とか、そういうのは都度違っていて
わたしたちは一枚のコインのように引かれ合い、また一枚のコインの裏表のように、決して交わらなかった。

その、絶妙な
なんとも言い難いこのバランス感が、わたしたちを無敵にさせていた。
少なくとも、わたしは無敵だった。

夢を語った。
現状を分析したりもした。
バカみたいなことも言った。
数え切れないくらいの煙草を吸った。
眉をしかめることも、大笑いすることもあった。
叱り合うこともあった。

そしてそのあいだ、なぜだかずっと無敵だった。
なんとかなる、というよりも「きっとできる」と思わせてくれる人だった。



自販機の青さが、記憶を彩ってゆく。
そうだ、そうだった。
甘いコーヒーと、煙草。

無敵だった、わたしたち。

あの頃みたいに話す時間がなくなったとしても、
別に、”あの頃”のわたしが、死んだわけじゃない。
おとなのフリをして、息を潜めているだけだということに、もう気づいている。

口先だけじゃなくて、きちんといくつかを叶えてきた。
今日も、あの道の続きを歩いている。


次にわたしが、白紙の地図に物語を絵描ける日がきたら、きちんと形にしてあげよう。
そう、きちんと形にして、叶えることができる。

わたしは白い缶コーヒーを飲んでいるその瞬間は、
いまもなお、無敵の愚か者でいられると、信じている。


【photo】 amano yasuhiro
https://note.com/hiro_pic09
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