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730からの願い

笑うしかない。と思った。
平気な顔が、できていたかどうかわからない。

画面の向こうの、みっつの顔が困っていたから
泣き喚こうとも、思えなかった。

平気な顔をしよう。と思った。
わたしのためにも、あなたのためにも。

桜並木を歩きながら、妙な懐かしさが込み上げてくる。
正体を探って、見つけるまでには数日を要した。
もう、忘れていた。


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2020年の3月30日。
わたしはここでお昼ごはんを食べたあと、会社をクビになった。

4月のあいだはリモートワークの休憩中、このへんを歩いたんだった。
初めてのリモートワークで、最終出勤日を決めて、それまでの3週間ほど
鬱蒼とした空気の中を、歩いていた。
それでも平気だ、と言わんばかりに。

泣いてしまえばよかった、とは思えない。
取り乱したのは一瞬で、「失業保険をもらいなさい」と何人かに肩を叩かれた。
そうして、前を向いて生きていこうと思った。

「会社をクビになっちゃうくらい、ヤバイ世の中になっている」という、わたしの中での事実はぐんと膨れ上がって
ほんとうは、強く首を絞めていた。
泣いたらほんとうにダメになるような気がして、そういうのは本能的にわかるから。
わたしはずっと、笑っていた。


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もうすぐだ、と思っていた日は、4月2日に訪れた。

noteの連続更新、730日。
730日っていうとピンとこないけれど、365日を2周。

2022年4月2日
noteの連続更新、2年。

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なんだかぐわりと、きてしまった。
そうかわたしは、
不安の中、次の一手と定めていたnoteに、すがるように、
このパソコンの前に座って、まずはピアノを弾いて。
ピアノ日記だって、この年の1月にやっとの思いで1作目を上げたところだった。
それから動画を試したり、YouTubeを試したり、カバー曲を弾いてみたり、
その中でわたしは、noteでの「ピアノ日記」を選んだんだ。

2020年の4月、走り出したら止まれなくなってしまった。
止まってしまったら、立っていられないばかりか、座る場所もなくなってしまうのだと思っていた。
社会との接点は絶たれ、緊急事態宣言のさなかで友達にも会えない。
あれほど縋っていたバンドもやめてしまって、弾き語りのライブもペースを落として、新曲なんかも全然書いてなくて、
そもそも、2019年は頼まれた仕事もあって忙しかった。それがようやく終わって、「この時計と一緒に2020年を頑張ろう」と思って、飛び降りるような思いで表参道のSTAR JEWELRYで時計を買った。

すべては、これからだった。


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前向きに言えば、「これから」を歩むためのベストな環境を与えられた。のだと思う。
失業保険が受給されることはこの時点でほとんど確定していて、会社都合の退職だから待機期間もない。生活には困らない。
っていうのは結果論で、実はすごくそわそわしていた。
退職に関する書類もすぐ届かないし、会社もバタついているうえに、ハローワークもパンクしていた。
保険証を会社に送り返して、国保に加入するために市役所へ。
それから、年金とか住民税の手続きするために役所には何度か通った。
恥ずかしながらすべてがほとんど初めてで、忙しいのに親切にしてくれた役所や、ハローワークのスタッフさんには頭が下がるばかりだった。
この時期、怒鳴っている人をたくさん見た。

家族は働いているのに、わたしに職はない。

でも、失業保険をもらっているのに、急いで仕事を見つける必要もない。
泣けばいいのに、「この期間を楽しもう」と、やっぱりわたしは笑っていた。
わたしの感情は、ずっと壊れているのかもしれない。悲しみとか怒りは、ずいぶん遅れてやってくる。


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ここではないどこかへ
行くことを願って、走り続けて2年。

そのうちの約半分を、自宅で過ごすとは思っていなかった。
無職で8ヶ月を過ごし、
3ヶ月は休職した。

病気のせいもあって、毎日エッセイを書くことは叶わなかった。
書けなかった。
言葉を処理する能力がぐんと落ち、何を言われているのかわからない。言われていることが理解できても、言葉にして発することができなかったりした。
「生きるために書くことをやめなければならない」と、
感情ではなく、もっと切実な身体的な部分で、迷っている場合ではなくて、決定事項になってしまった。

希望の残像。
2021年の秋から冬にかけて、自分のピアノをそう呼んでいた。
残像でもいいから残ればいい。
書くことができなくなっても、ピアノだけは、「パソコンの前に座る」「noteの更新ボタンを押す」ということが、
それそのものが、わたしの未来に繋がりますように。
繋がると、信じている。


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ここではないどこか、なんていう場所を探していたら、結局どこにもたどり着かなかった。

得たものはたくさんある。
それでもやっぱり、「どこかすてきな場所」なんてどこにもないのだと思う。

「すてきな部屋」と言われて、みなそれぞれのイメージを浮かべると思う。そうなったらいい。
そして、願っているだけではそうならない。
たぶん、ゴミを捨てただけでもそうならない。
もっと直接的なイメージと、そのための手順が必要になるだろう。

でも、「花のある部屋」だったら、明日にも実現可能だと思う。
わたしに足りなかったのは、そういう具体的な答えだと、もう気づいている。

でもね、それでもね


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書くことが好きだ。と思う。
いま、ようやく、そう思っている。

それが趣味だとか、仕事とか、そういうカテゴリがどうでもいいと思えるくらい。
愛している、と思う。

愛しているから面倒ではない、とかそういう話でもない。
今日だって、たっぷりマトリョーシカを20分聞いてから書き始めている。
面倒だなあ、と思っていた。

それでも、わたしがどこへ飛ばされても、
言葉を綴る最低限の思考力を保てる身体と時間
キーボードとディスプレイがあれば、きっと。

それが、わたしの得たものだと思う。
2年かかった。
2年前は「エッセイは難しい」と言っていた。
できれば書きたくない、と思っていた。
いまよりうんと、薄暗い気持ちで。
他にやることとか、できることがあったらきっと選ばなかった。

どこへも行けなかったかもしれないけど、得たものはある。見つけたものもある。
もうこれからは、「なにもない」なんて言わないで


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どこへも行けなくてもいい、というのは卑怯だ。ということにも、気づいている。
いまもなお、別の場所を探している。

だけど、
もう、どこへも行けなくていい。
どこへも行かないならばせめて、ここで
紡ぎ続けたい。と思っている。
いま、3年目の挑戦に飛び込んだところ。

そして、3年目の挑戦を終えたとき、
1年後のわたしが「バッカじゃないの?」って、
どうか、笑い飛ばしてくれないかなァ。



(追伸)
note連続更新1周年のときには、自分でプレゼントを買いましたが、今年は買い損ねてしまった+新しい試みとして、Amazonのほしいものリストを置いてみます(・∀・)
これも、やってみたかったことのひとつ。


【photo】 amano yasuhiro
https://note.com/hiro_pic09
https://twitter.com/hiro_57p
https://www.instagram.com/hiro.pic09/


※now playing





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