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いくつもの帰り道

映画を見るために、迂回した。
「どこでも見られる」タイプの映画じゃなくて、限定されたところでしかやっていなかったから
わたしは、電車に乗った。

電車に乗ることを面倒、だと思うわたしもいるのだけれど
根本的に「乗り物が好き」だということを思い出す。

乗り慣れない電車はそわそわする。眠れない。
座るときもどきどきする。
見えるところに路線図があるか、確認しちゃう。
それってやっぱり、疲れるんだと思う。

でも、そわそわして浮かれちゃう。
浮かれちゃうってことは、楽しいんだと思う。

そしてたどり着いた改札を出て
そこはいつもと違う駅で
来たことはあるし、そんなにめずらしい場所じゃないのに

ぐわりと広がる空を見て、あなたのことを思い出した。

「定期は、買わないの」

あなたは、そう言った。

「気分で、帰り道を変えたいの」

そして彼女は時折、職場からのバスに乗り込んだりしていた。
あのバスがどこへ行くのか、そういえば知らないままだった。

かと思えば渋谷までの散歩にも付き合ってくれたし
下北沢で夜遅くまで一緒に飲んだこともある。

定期を買ったほうがお得だ、ということは彼女にもよくわかっていたのだろう。
でもいま思えば、彼女にとっての必要でささやかなわがままで、贅沢だった。

ふたりの娘ちゃんのお迎えとか、受験の心配をしながら、
会社では上司で、仲間で
そして帰り道では、ただの友達だった。
きっと、そういう時間が必要だったんだと思う。

あのころにもよくわかっていたつもりだけれど
いまになって、染み渡るほどよくわかる。

ふらっと遠回りしたり
行きたいお店に寄ってみたり
たまにはたくさん歩いたり
たまにはたくさん、電車に乗るのもいいと思う。
電車でぼおっとするのは、他と少し違う気がしている。

例えどこへも行けなくても
例えどこへも行かない、そんな選択をしたりしても

わたしはどこへも行けるのだ、ということを。
好きな道を選んで帰れるし、帰らないことだって選べるということを
ゆめゆめ忘れてはならぬ、と思っている。



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