いくつもの帰り道
映画を見るために、迂回した。
「どこでも見られる」タイプの映画じゃなくて、限定されたところでしかやっていなかったから
わたしは、電車に乗った。
電車に乗ることを面倒、だと思うわたしもいるのだけれど
根本的に「乗り物が好き」だということを思い出す。
乗り慣れない電車はそわそわする。眠れない。
座るときもどきどきする。
見えるところに路線図があるか、確認しちゃう。
それってやっぱり、疲れるんだと思う。
でも、そわそわして浮かれちゃう。
浮かれちゃうってことは、楽しいんだと思う。
そしてたどり着いた改札を出て
そこはいつもと違う駅で
来たことはあるし、そんなにめずらしい場所じゃないのに
ぐわりと広がる空を見て、あなたのことを思い出した。
*
「定期は、買わないの」
あなたは、そう言った。
「気分で、帰り道を変えたいの」
そして彼女は時折、職場からのバスに乗り込んだりしていた。
あのバスがどこへ行くのか、そういえば知らないままだった。
かと思えば渋谷までの散歩にも付き合ってくれたし
下北沢で夜遅くまで一緒に飲んだこともある。
定期を買ったほうがお得だ、ということは彼女にもよくわかっていたのだろう。
でもいま思えば、彼女にとっての必要でささやかなわがままで、贅沢だった。
ふたりの娘ちゃんのお迎えとか、受験の心配をしながら、
会社では上司で、仲間で
そして帰り道では、ただの友達だった。
きっと、そういう時間が必要だったんだと思う。
*
あのころにもよくわかっていたつもりだけれど
いまになって、染み渡るほどよくわかる。
ふらっと遠回りしたり
行きたいお店に寄ってみたり
たまにはたくさん歩いたり
たまにはたくさん、電車に乗るのもいいと思う。
電車でぼおっとするのは、他と少し違う気がしている。
例えどこへも行けなくても
例えどこへも行かない、そんな選択をしたりしても
わたしはどこへも行けるのだ、ということを。
好きな道を選んで帰れるし、帰らないことだって選べるということを
ゆめゆめ忘れてはならぬ、と思っている。
※now playing
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