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おとなの毛布

眠れない夜に、寝返りを打つ。

ローバッテリーのときに、眠ろうとするとこうなる。
体も頭も限界まで酷使して、もう空っぽで
でも、鞭を打ったからだは熱を持っていて
もう使い物にはならないのに、眠りたいはずなのに、
眠りとは遠いところにいる。

何度めかの寝返りのあと、タオルケットをつかんだ。
フランネルの、お気に入りの。

2020年の夏に、ニトリで買った。

あのときは無職で貧乏で、先立つものも何もなかったのに、
時間を持て余したすえにやろうとしたことは、家中を整えることだった。
カーテンを書い直したり、買い足したり、
シーツを変えたのもこのときだったような気がする。

流行り病のせいで職を失ったわけだから、むやみに外に出るのも憚られる。
エッセイを書くのも安らぐのも、家の中ですませなければいけなくなってしまった。というわけだ。

それまで使っていたタオルケットは、CDというロゴがいくつも書かれていたピンクで
信じて欲しいけど、「クリスチャン・ディオール」の略だった。
友達のおばあちゃんが住んでいた家という所の片付けを手伝う代わりに、好きなものを持っていっていいよと言われたときに譲り受けた。
わたしはあのとき高校生で、18歳だった。

手放すべきだ。と思った。
そのときのわたしは、32歳だった。

使えるから手放す必要がなかっただけの、いくつかのもの
そういうのを、整えようとしていた。
だって、18歳のわたしと、32歳のわたしが大事にしているものって違う。

違ってきているとか
違ってもいいんだとか
そういうことを、ようやく理解する体制になったのだと思う。

貧乏だけど時間だけはあるわたしは、ニトリに向かって、ひとつひとつの布を触った。
そして選んだのが、フランネルのタオルケットだった。
ふかふかで、
片面ずつで生地が違うのがよくて
(2wayという言葉を、無条件に愛している)
2000円という爆安で、もうなんの文句もなかった。
迷わず連れ帰ることにした。

どれくらい気に入っていたかというと、
その年の10月11月生まれの三人に、同じブランケットをプレゼントしたくらい。

2022年の夏。
わたしはいまでも、このブランケットを愛している。

移ろいはあっても、変わらぬ愛だと思う。
やっぱり好きだなあ、と何度も思う。

ふわりと抱きしめて、安堵する。
ああ、だいじょうぶ。
何がって
そういうことじゃなくて
だいじょうぶ。

おとなにこそ、ライナスの毛布かもしれない。

その晩のメモには、そう書いてあった。

ライナスの毛布って、子供っぽいもので、やめなきゃいけない。
って、思ってた。

でも、ライナスって賢い。
いまは、そう思っている。

ハードモードの人生を、安心して生き抜くことが必要だと悟り
安心のためのアイテムを選び抜く力を持っている。
そしてそのアイテムがあれば安心できる、という心。
それは、なんと立派なことだろう。
わたしより、えらいんじゃない?

毛布がなければ生きてゆけない、というおとなは、確かに歓迎されないかもしれない。
何がなくても、なんとかなる、というようになった。
わたしはもう、時計や指輪を忘れても、そわそわと過ごすことはなくなった。
不思議と、忘れる頻度も減った。

でも、おとなになったいまも
おとなになったいまだからこそ、タオルケットに安堵する。
この、ふんわりとしたやさしささえあれば
最低限の大切なものっていうのは守られて
また、要らぬ不安のいくつかを「まあいいか」と、すうっと吐き出してくれるような感覚。

やっぱり、おとなにこそライナスの毛布なのだと思う。

それは毛布であったり
お気に入りのハンカチでもいいと思う。
花瓶の花でも
お気に入りのボールペンでも
勝負服のワンピースでも
口溶けの良いお気に入りのチョコレートでも
なんでもいい

やっぱりハードモードの人生を
なんとか、何度もくぐり抜けるために
自分を抱きしめるいくつかのアイテムを用意していくことこそ
賢いおとなのやり方ではないのだろうか。

わたしは今日も、お気に入りに包まれて眠る。
暑くて眠れないかもしれない
問題は先送りになるだけかもしれない

でも、だいじょうぶだと思う。
ずっと気を張ってなくてもいい
わたしは守られている。
多くのことは、大した問題ではない、と気づきつつある。
高すぎる勝手な理想が首を絞めていて、本当はやり直しが利くこともたくさんある。

だいじょうぶ
そう、今までもだいじょうぶだった。

ああでも、そんなことよりも

やっぱり気持ちがいいなあ。
最高だなあ

今日はすべての感情を置き去りにして
きみのやさしさをすっぽりと抱きしめて、眠ることにしよう。






※眠れない夜には、うっとりと寝返りを打つ。


※now playing





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