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言葉はいつもあたしをいさましくする

江國香織さんのこの詩は、ずっとわたしの宝物だ。

この詩集と一緒に、おとなになってきた。
たぶん、高校生くらいから読んでいるんじゃないかな。

「言葉はいつもあたしをいさましくする」は特に好きな作品で
この言葉と一緒に成長してきた、といっても過言ではない。
だからわたしは、形や場所、立場を変えても、「書くこと」「言葉と仲良く生きること」から、遠ざかったりはしなかった。


なーんて言えば格好良いけど
SNSに載せて「発信する言葉」と「胸にとどめておく言葉」に、しっかりと線を引いてしまっているような気がする。

よくある話ではあるけど、
「実現が難しそうなこと」を口にするのは難しい。

「noteを毎日連続更新する」というのも、
連続更新が続いて、ある程度続けられる目処が立つまで、絶対に言わなかったし、
「YouTubeに作業用BGMを載せたい」という野望も、同居人以外には話さなかった。


今日は、同居人に「わたしのこれからの生き方、大切にしたいこと」について少し話した。
相談じゃなくて、自分の中で「こうすることを決めたのだけど、どうだろうか」という、確認とお伺いだった。

お金にルーズなふたりなので、お互いの収入は大枠しか知らないし、わたしは同居人に「家賃さえ払ってくれればあとは好きにしてもらって構わない」と思っているし、
同居人が、わたしの買い物に口出しすることはなく、「欲しいと思ったら買いなよ」と言ってくれる。
とにかくお金に対してルーズで、あんまり計画性のないという部分の価値観が、完全に一致しているので、ルーズで貧乏なりに、うまいことやっている。

それでも、今後の仕事やお金に関わる展望について「いつも好き勝手やってるからいいでしょ?」という態度は取れない。
関係ないと言える間柄ではない。
理解されたい
できれば応援されたい、と思っている。

今日の話も「実現が可能かどうか」というのが怪しかったし、
「わたしの選択が正しいのか」という確信が持てなかったので、
自分で、自分なりの理由を並べて、情報を集めて、気持ちを整理して
確信が持てるまでは、決して相談しなかった。


今日話したのは、少し前に「こっちに行ったほうがいいんじゃない?」と勧められた方と
わたしは、逆側を選んだ。という話だった。
だから、少し緊張した。

話してみればなんてことはない、
「おまえがこっちに行きたがってると思ったから、そう言っただけ」だそうだ。
緊張してソンをした。
「決めたことは理解したし、応援してる」と言われて、ほっとした。

ほっとしたので、「実はこの話の先、こんなふうに考えていてね」と
まだ少し、ふわふわしている話も、いくつか伝えた。


話をしながら、ふわふわしていた気持ちに
しっかりと、羽が生えていくような感覚だった。
言葉にして、伝えてみて、
たどたどしい言葉が、確かに、一本の線になっていくようだった。
話したような形を、わたしがこの先、手に入れるかわからない。
そして、選ばなかった道を、悔やむ日がくるかもしれない。

でも、こうして言葉にしたことで
この夜を、わたしはきっとずっと、覚えていられる。
覚えて、思い出して、
そして「選んで良かった未来」に、近づいていけるような気がする。


そうだ、いつだってそうだ
「言葉はいつもあたしをいさましくする」その通りだ。


これからも、わたしは言葉を紡ぐ中、取捨選択を繰り返してゆく。
SNSに載らない言葉も、同居人に伝えない言葉もあるだろう
友達に会ったときにだけ、話せることもあると思う。

でも、きちんと向き合って
場所や時間を選んで、言葉にして

わたしは自分の手や口からこぼれ落ちた言葉たちに
背中を押されながら、歩いて行こうと思っている。


photo by amano yasuhiro


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