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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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2023年4月の記事一覧

居酒屋で噛みしめたもの

友達ふたりと、久し振りにごはんを食べた。 観劇まで時間あるからお茶しよ〜なんて言っていたのに、居酒屋しかなくて。 本当はケーキとコーヒーの気分だったんだけど 食べ始めたら、どんどんおなかが空いてくる謎の時間に突入してしまった。 ああ、人生ってすてき ママさんが陽気な、すてきなお店で居心地が良くて、また行きたいなァ。 わたしはお酒をあまり飲まないし、誰かと食事するのはあまり得意ではないので、ついついお茶に誘ってしまう。 スタバとか、おなが空いたらコメダとか 結局、コーヒーば

ディムナの親指

右手の親指が痛む。 ああ、最悪な気分だ。 痛んでいるのは、古傷だ。 もう、10年ほど経つだろうか。 中野に越したばかりのときだった。 自業自得とはいえ、深い心の傷をなんとか癒やし、さあこれからだと思った。 「これからはきっと、良いことが起こるよ」 「音楽家として優位に立ったのは、君の方だ」 ようやくその言葉を、飲み込んだときのことだった。 このときのことを、何度か誰かに話そうとした。 あの日の経験が、誰かの希望になるならば話すべきだ。 いまだって、話そうと思っている。

シンデレラのハイヒール

わたしたちはその晩、結婚式の装備について相談をした。 友だちの結婚式に招かれたのはわたしで、相談相手の彼女は少し前に親族の結婚式に出たと言っていた。 この家に来れば、結婚式の装備の諸々が揃う。または、助言をもらえるという算段だった。 わたしたちは、ひとつずつ確認をする。 書き出してみると、案外少ない。 そして、案外自分で持っている。 これで大丈夫そうだ、と頷きあった。 「靴は?」 つま先が開いていないヒールは?と尋ねられたとき、わたしは笑って頷いた。 * あれは、

22時を灯して

わああっ、と声が聞こえた。 それは帰り道で、春で、ずいぶんあたたかな声だった。 季節が、わたしにそう思わせたのかもしれないけれど、あたたかい、と思ったことを覚えている。 声の出処を探したら、2階の中華屋だった。 ドアは開いていて、オレンジの光が灯っていた。 この町に引っ越して、3ヶ月。 こんなところに中華屋があるとは知らなかった。 それは、月曜日の22時の出来事だった。 ああ、月曜日なのに、 ああ、22時だからか、 ああ、こんなにも声は明るく、夜もあたたかい。 頬