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人生の洗替法・切放法

「なんで会計用語やねん!」とツッコミは覚悟のうえで…

今回書きたいのは、拭い難いほどの辛い過去を持っている人間が、
その後の人生をどう生きるべきかというお話。

ざっくり説明すると

洗替法
過去に出来なかったことをやり直すように、失われたものを取り戻すように
きちんと清算をつけていこうとする生き方。(過去を忘れない)
切放法
過去は過去として切り放して考えて、これからの人生に全力投球するやり方。(過去を気にしない)

もちろん本来の会計用語の意味とは異なるニュアンスで使っています。


なんとなく、切放法のほうが健全な感じがしますよね。
過去にとらわれず、未来だけを見て生きている感じで。

切放法なら、過去をどう清算したらいいかという方法論で悩むこともありません。

自分も、社会人になって自由にサッカーと関われるようになってからは
切放法のような心持で生きてきたような気がします。

実際、つい最近までは過去のことを思い出しても平気でした。

ただ、ひょんなことから失われた過去への後悔が、
リバウンドのように再び頭をもたげる可能性がある。
これが切放法の落とし穴です。

今の私が、まさにその落とし穴に嵌ってしまったわけです。

ならば、洗替法で過去をきちんと清算したほうがいいのか?
いろいろ考えているんですが、確たる結論は出ていません。

完全な追体験というのはもう不可能なわけですし。
いずれにしても、過去を完全に清算するのはおそらく一生かかっても無理です。

じゃあもう一度切放法でいっちゃえば?というのもアリっちゃアリですが、
一度リバウンドを経験してしまった以上、歯止め策は必要と思っています。

どちらが良いかは、簡単には結論が出ませんが…


過去を完全に清算できないのは承知で、洗替法で生きてる限り出来るところまで走りぬく。
これならリバウンドに陥らずに済むような気がします。


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