なぜ、「みんな」で話し合わない方がよいのか
「クラスの子どもたち全員に1回は発言してほしい!」なんて願いをもっていた若手教員時代。
経験を積めば積むほど、その理想が現実的ではないことが実感されつつあります。もちろん、自分の実力不足は甚だしいのですが、何よりも、「みんなで話し合っているときの効率のわるさ」が気になって仕方がない。
基本的に35人で話し合いが行われると、1人が意見を述べているとき、34人は黙って聞いている。そんな工夫のない状況で一人一発言を!なんて言ったら、みんなが個人的な意見を言うだけで授業終了。
さすがに、現実的ではないでしょう。
そんな「みんなで話し合うことがいい!」みたいな思い込みを打破する記事となりますので、ぜひとも読んでみてくださいね。
▼「話合い」で大切なのは人数である!
話合いにおいて、いくつも大切なポイントはあるのですが、前提として「発言できるような環境が整っているか」はクリアしておきましょう。
先ほど例にあげた、35人一斉型で「はい!みんな1回は発言しましょう」というのは、「これから退屈な授業が始まりますから我慢してくださいね」と同義。
一人一発言を実現させるためには、話合いに参加する母数を少なくした方がよいことは当然ですよね。
ある研究によれば、「6人グループよりも4人グループの方がアイデアの質・量ともに優れている」ことが分かっています。
もっと極端なことを言えば、「グループで話し合うのではなく、個人プレーにした方がいい!」ことさえあるのです。
ミネソタ大学の心理学教授であるマーヴィン・デュネットさんは、単独作業と集団のブレインストーミングを比較する研究をしました。
その結果が意外過ぎるのです。なんと、
というのです。さらに、
というのです。
#内向型人間のすごい力
もはや、集団であーだこーだ言うことに本当の価値はあるのか、もう一度問い直す必要がありそうです。
▼集団になることのデメリット
ここまで、「集団」であることをこき下ろしてきた訳ですが、ここでダメ押しといきましょう。
#集団に対して恨みはないよ
先ほど、「35人で話し合ったらほぼほぼ待ち時間説」を唱えましたが、これが「集団になることのデメリット」1つ目。
そして、2つ目のデメリットは、過去記事にも書きましたが、「集団的手抜き説」。いわば、「自分がやらなくても誰かがやってくれるだろう」という働きアリ戦略を取るパターンですね。
さらに、3つ目として最も納得できるデメリットを書き留めておきます。それが、「評価懸念」というもの。
いわゆる「間違ったこと言ったらどうしよう...」とか、「否定されたらいやだしな…」というもの。
この「評価懸念」は何も話合いだけではおさまらず、世の中のありとあらゆる面に潜んでいます。
例えば、あらゆる発表場面。「明日試合だからさ、応援よろしく!」なんて爽やかに声をかけてくるイケメンは当てはまらないと思うのですが、世の中には「見られていると本当の実力を発揮できないタイプ」という人間がごろごろいるのです。
それを裏付ける研究として、ダン・アリエリーさんはパズルをつかって実証したものがあります。
実験参加者にパズルを解いてもらうのですが、見ている人がいる場合といない場合で比べたのです。すると、
といった結果が導きだされました。
実は、教師と子どもの関係性でもこの研究結果は当てはまる。よかれと思った個別指導。しかし、一向に学習は捗らないなんて経験を先生であればしたことがあるでしょう。
先生としては、「できるようになってほしい!」というサポート魂なのですが、子どもからしてみると「間違えたらどうしよう。それにしても先生、近すぎだろ!」というのが本音かもしれません。
何はともあれ、必要以上にサポートしすぎることで、よりプレッシャーをかけることは覚えておきましょう。
▼まとめ
本記事では、「みんな一緒から早く脱しよう!」という内容をまとめました。
時代は次から次へと移り変わり「個の時代」から「コミュニティーの時代」へとシフトしていますが、コミュニティーの時代だからといって、集まる必要のない「みんな」を集めることは非効率的と言わざるを得ません。
子どもたち一人一人に主役として活躍してほしいと願うのであれば、それ相応の環境を整えてあげることが大切なのです!
ちなみに、「人前でのスピーチは死ぬほど怖い説」というのもあります👇
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