「無意味」だと思ったことが、最高のクラスをつくりあげた話。~中間発表編~
小学生と言っても、高学年ともなれば考え方はもう大人だ。
高学年男子と一人のおっさんが体を寄せ合って泣いていたことは、思ったほど話題になっていなかった。
いや、僕の耳に入らないように子どもたちが気をつかってくれていたのかもしれない。とにかく、昨日の出来事はもう語られることはなかった。
しかし、僕のクラスには確実に変化が訪れていた。
休み時間の長縄練習。参加する子どもが格段に増えたのだ。そして、子どもたちの声かけも変わってきた。
「大丈夫、大丈夫!!」
「おしい! 次はとべるよ!」
今まで聞いたことがない言葉の数々。どうやら「優しさのかけら」を拾ったらしい。長縄レベルが上がったことで、「励まし合う」というスキルを習得したのだ。何が功を奏するのか分からないから人生おもしろい。
ほぼ全員参加の練習が続く中、回数は伸び悩んだ。やはり、全員の熟練度を高めないと300回は難しい。一度ひっかかると挽回が難しいことも分かった。時間も回数もロスをしてしまうだけでなく、取り返すには長縄スピードを速めないといけないからだ。
「ひっかかった友達を責める」雰囲気は和らいだものの、「回数が出ない」という現実は、やはりとべない子にとってはプレッシャーのようだった。ただでさえ自信がないのに、「ひっかかってはいけない。」重圧がのしかかり、長縄に入ることすらもためらわれてしまう。
そこで、僕は教師らしく練習方法を提案した。「長縄に自信のある子どもと、まだ自信のない子どもたちを別々に練習させる。」ことにしたのだ。
自分で言うのも何だが、この作戦は大成功だった。
僕が、「自信がもてない」子どもたちと共にがっつり練習をすることで、今まで「できない。」「やりたくない。」と言っていた子どもたちが次々ととべるようになっていく。さらに、
「『できない。』『やりたくない。』子どもたちが『できる!』ようになると、『めちゃくちゃやる気がでる!』」
ということも分かった。
「先生! 長縄行くよ!」
と、長縄をもって教室から駆け出していく「元長縄苦手組」。「好き」になるとみるみる上達していく、僕が会議で練習参加できないときでも、子どもたちがストップウォッチ片手に練習をしている姿も見られるようになった。良いのか悪いのか、授業に遅れてくることさえあった。
「練習するのはいいけど、時間は守ってね。」
「でも先生! 新記録が出そうだったんだよ!!」
いや、この前まで「長縄の練習するんだったら授業していた方がマシ!」って言ってたじゃん。思ったが、言葉にはしないようにした。
ここまで、順調に進んでいる。そして、300回を超えてめでたしめでたし。と、行きたいところだが、1つクリアするとまた1つ問題が勃発するから人生は退屈しない。
「とびたいと豪語していた男子たちとの実力差がなくなった。」
ことが新たな問題を引き起こした。
「いいことじゃないか?」と思われたかもしれない。実はそうでもない。今度は彼らのプライドの問題だ。今まで「できる方」と思っていたことが、みんなの「普通」となり、さらなる高いレベルを望まれる。
今まで「余裕」と思っていた子どもたちは、それほど上達していないにもかかわらず、毎日授業時間まで食い込みながらひたすらとび続けている子どもたちの勢いは半端ない。
クラス内で実力が均衡した状態。誰がひっかかってもおかしくない。全員がとべるようになった分、ひっかかる可能性も等分されたのだ。もはや、縄をとぶスキルの問題ではなく、
「集中力。」
勝負になっていた。
そこで、緊張状態をつくるための奇策に出た。それは、僕のクラスのBOSSである彼に、
「何でもいいから大声で叫ばせる。」
という作戦だ!
あの教卓の上に載って「フーフー」言っていた彼だ。実質学級内の実権を握っていることもあり、長縄の際も常に先頭を陣取っていた。
何といって彼を丸め込んだのかははっきりとは覚えていない。たぶん、「君の力が必要だ!」とか「新記録を出したくないのか!」とか言ったのだろう。長縄の記録会が始めるカウントダウンと同時に、
「いくぞー!」
のような何かしら一言を叫ぶという決まりにした。科学的根拠はない。しかし、集団を統率するにはスイッチが必要だ。「これから始まるよ。」というお知らせ。その合図で、「集中状態に入ってね。」というお知らせ。それを、彼に引き受けてもらったのだ。
コンスタントにとべるようになってきた10月。
夏休み明けから2か月が経過しようとしていた。順調とはいかないが、日々記録を更新し、250回は確実に超えるようになっていた。
「3分間とんでも1度もひっかからない。」
そして、ついに中間発表のときがきた。我が自治体は、「体育大会」という祭典がある。市内の小学校6年生が一同に介するスポーツ大会だ。その中の種目に「長縄」がある。
ワールドカップの会場になった国際競技場のトラックで長縄を披露する。自分がこの聖地に立つまでは、「長縄なんて何のため?」と、懐疑心しかなかったが、自分のクラスが主役になったのなら話は別だ。子どもたちの気持ちも、「打倒300回!!」と盛り上がっている。
そりゃそうだ。もう2か月近く練習している。紆余曲折あったが、今では「長縄練習」を提案しても一人として反対しない。むしろ、休み時間に練習できないようなときは、
「先生! 授業はもういいからさ。どっかで長縄やったほうがよくね?」
と、提案がある。さすがに、子どもたちのモチベーションを考えるとさすがに断りずらい。子どもたちもそのことをよく知っていて、時間割を見据えて計画的な交渉に臨んでいた。
体育大会当日。
僕にとっても子どもたちにとっても初の大会だ。予想以上に広い会場。そこにひしめく小学校6年生。会場は異様な熱気に包まれている。
しかし、僕たちの気持ちは1つだ。
「打倒300回!!」
なんだかんだでこの気持ちは、クラスを1つにまとめていた。
長縄披露の時間になった。
次々ととんでいくライバルたち。そして、思った以上の流れ作業感。
「はい、次の学校場所が決まったら準備して。」
いよいよ我がクラスの時間になった。事前に決められた位置までダッシュ。体が温まっていないのでとにかく練習を開始。
「では、次のグループ始めます。開始まで5秒前。」
いきなり始まった。
まだ、とび始めて一巡もできていない。
大切な我がクラスのルーティン。
一声吠えてからのスタート。
集中力のスイッチ。
「始めてください。」
何もできずに始まった。整列さえできていない。
しかし、とにかくとぶしかない。始まってしまった。
「大丈夫、大丈夫!」
「落ち着いて! いいぞ!」
子どもたちも方が冷静だったかもしれない。
順調に回数を重ねていく。いつも通りのスタートを切れなかったことなど、心配しているのは僕くらいだ。
「終了まで5秒前。」
終わりの合図がきた。最後までミスなくとべている。
「294、295、296、297。」
子どもたちのカウントにも力が入る。
「298・・・。」
「終了してください。」
形式的なアナウンス。
「新記録の学級は観客席に向かって手を振りましょう。」
形式的なアナウンスは続く。
僕のクラスは、手をふることはできなかった。
ひっかかったのだ。
298だった。
起き上がれないでいる子どもにかけよる友達。
「次の学校が準備するので、出口にお願いしま~す!」
形式的なアナウンスは続く。
僕たちは、押し出されるようにスタジアムを後にした。
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