修学旅行文集『裏・青丹よし』(上巻)
第1話「京都&レスポンスin京都駅」
京都で『京都』を歌う。そんなことを思い付いたのは、最初の目的地である奈良へと向かう電車の中だった。「俺たちも京都駅のピアノで何かやろう。」と、同じ班のM村が言った。僕はすぐにそれに賛同した。
「俺たちも」と言ったのは、同じクラスの女子Cさんが同じく京都駅のストリートピアノで演奏をすることになっていたからである。Cさんはクラスメートや友人たちを呼んでいたので、我々はそこに便乗するかたちで計画を立てた。
曲目はすぐに決まった。僕が在日ファンクの『京都』を提案し彼に聴かせると、冒頭からとても気に入ってくれた。この曲の冒頭のギターフレーズは、僕が最も好きなカッティングフレーズである。テレキャスターならではの粒だった音色がほんとうに格好いい。一番を聴いてもらって、すぐにこの曲でいこうということになった。
研修3日目の午後、我々は京都駅の7階にいた。コンクリートの壁に囲まれた空間に、ピアノがポツンと置かれていた。
我々は準備を始めた。というのは、M村はその時初めて『京都』を通しで聞いたのである。M村はピアノがとてもうまい。そのうえ絶対音感を持っており、一度聞けばたいていの曲はすぐに弾くことできる。
我々はその場で数回練習をし、段取りを決めた。そしてクラスのグループラインで事前に告知した時刻を待った。
その時刻になってもクラスメートはほとんど集まっていなかった。
同じ班のK田や別班のU島、Y村らが来てくれていたが、女子は0人だった。Cさんが呼んだ女子たちは開始時刻の直前、一度ピアノの付近に来ていたが、Cさんの前に我々が演奏することを知るとお店や展望台を見たいと言ってエスカレーターを上って行ってしまった。
仕方ないので始めることにした。駅ピアノを弾きに来ていたほかの観光客数人も演奏を聞いてくれた。
『京都』という曲には間奏に「京都&レスポンス」という掛け合いの部分がある。高校時代の修学旅行文集『青丹よし』に僕が掲載した文章「ダサい街とダサい街の往復だけなんて」においてはリサイタルは成功したことになっており、そこで僕は「京都&レスポンス」をしてくれたお客さんたちに感謝の意を示しているが、実際にレスポンスをしたのはY村だけである。
演奏が終了したあと、クラスの女子が数人聞いてくれていたことが判明した。彼女たちは柱の陰に隠れて聞いてくれていた。
そんなに我々の知り合いだと思われたくなかったのだろうか・・・
続いてCさんの演奏が始まろうとすると、先ほど上に行った女子たちが下りてきていた。我々はそのことに対する悔しさに歯を食いしばりながら、ホテルへと戻ったのである。
第2話「ホテル事情 その1~お部屋でゲーム編~」
修学旅行でのホテル事情を紹介しよう。
修学旅行でのホテル泊と言えば、恋バナやカードゲームなどで盛り上がるのが定番だ。研修初日の夜、我々も部屋に集まってゲームをした。
修学旅行の前日、僕は工学部のグループラインである質問をしていた。
「牌持って行ける人いる?」
僕はそのころ毎日のように工学部の部室で麻雀をしていた。工学部顧問の先生に部室の鍵を渡されるくらいには工学部になじんでいた(僕は部員ではない)。当然、修学旅行でもみんなと麻雀がしたいと思うのが絆というものだろう(工学部は無線やコンピュータについて勉強する部活です)。
同じ班のK田は工学部員ではないので、いつもは一緒に麻雀をやっていない。彼は麻雀のルールも知らないのだが、せっかくなので一緒にSニキの部屋に行った。
実はSニキのほかにY内ニキが麻雀牌を持ってきてくれていたのだが、Y内ニキの部屋はすでに4人集まっていたので、Sニキの部屋に行った。
我々が牌の準備をしていると、突然部屋の扉がドンドンドンと強く叩かれた。音を出さないよう牌は畳の上で混ぜていたが、教員に聞こえてしまったのか・・・
我々は大急ぎで牌を押入にしまい、自分たちの体もそこに隠した。
夜間に他の部屋に行くことは禁止されている。しかもやっているゲームは麻雀である。明確に麻雀が禁止されているわけではないが、あまりいい印象ではないだろう。
暗く狭い空間で、我々は強い緊張感を覚えていた。
Sニキが扉を開けると、そこにいたのは工学部員の男子であった。
お前かよ・・・
インターホンを押すなりラインや電話で知らせるなり、もっと穏やかな方法があっただろうに。我々はその男子に抗議しつつも麻雀牌の持ち込み発覚を逃れたことに安堵しながら、再び牌の準備を始めた。
試合はいつも通りの平凡な内容であったが、奈良の地で打つ東風戦は大変楽しいものであった。
K田は初心者ということもあり、チョンボ(反則)を繰り返した。
「お前、Sニキの部屋でよかったな」と僕はK田に言った。
K田が何度か同じ失敗をしてしまっても、Sニキは優しくルールを説明し直してくれた。Sニキはとても穏やかな性格である。手練れの集まるY内ニキの部屋に行っていたら、今頃K田はコテンパンにされていただろう。
我々は数局の試合を行って、いい気分で解散した。
ちなみにそのころ、もう一人の班員であるM村はニンテンドースイッチが持ち込まれた部屋で大乱闘スマッシュブラザーズをやっていた。
このニンテンドースイッチの持ち込みは後に教員に発覚することになる・・・
第3話「ホテル事情 その2~怪奇!Y村の寝相編~」
研修3日目の夜、僕は電話である相談を受けていた。深刻な内容だったので同じ部屋のメンバーに聞かれるのも少々憚られた。
そこで僕はU島の部屋に行った。U島は基本的に他人に興味を持たない。僕が電話で話をしていても、僕の言葉は右耳から左耳へと抜けていってしまうだろう。そう思って僕はこっそりと彼の部屋を訪れた。
部屋に行くと、同室のY村はすでに眠っていた。U島はベットに座って虚空を眺めている。僕は彼らに気を遣わないで電話をした。
電話の途中、長い沈黙があった。僕は言葉を発することなく相手が話し出すのを待っていた。
そのとき、突如Y村がなにかを喋った。
目を覚ましたのかと思い彼の方を見ると、彼は明らかに寝ていた。やけに声の大きい寝言だな。僕とU島は顔を見合わせた。だが僕はこのことについて発言をするわけにもいかないし笑うわけにもいかない。じっと耐えた。
しばらくして電話が終わった。僕はU島と音楽のことについて話をし始めた。
すると、またしてもY村が突然言葉を発した。そして立て続けに部屋の電話の受話器を取り、自らの胸に抱いたのである。この不可解な現象とそのときのY村の笑っているような不気味な寝顔に、僕とU島は強い困惑と微かな恐怖を覚えた。
僕はY村と同室で眠らねばならないU島に同情しつつ、自室に戻っていった。
続く
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