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謝ることができなかった

 10月四日から24日までの二十日間はまこらギャラリーにて開催していた写真詩展に友人を連れて行った時のことだ。
 私も友人も全盲なので、会場までの移動が難しいため、共通の弱視の知人にも一緒に行ってもらった。

 浜松駅のバスターミナルで3人が合流したのは10時40分頃。そこから会場まではバスで行くことにした。バスが来るまで少し時間があったので、私たちはバスターミナルのベンチに座り話をした。
 やがて私たちが乗るバスがやって来た。少し前にアップした京都旅行記の時のように、弱視の知人を先頭に、白杖を持った私、その後ろに同じく白杖を持つ友人が縦1列になって歩き出した。
 いよいよバスに乗ろうとした時である。
「乗るんですか?乗らないんですか?」
 前を行く弱視の知人が唐突に叫んだ。私も友人も目が見えていないので、何が起きているのかすぐには理解できなかった。ただ知人が叫んだ直後、前の人がもごもごと何か言ったような気がしたのは何となく分かったのだが…。

 バスに乗ると、私たちはそれぞれ一人掛けの優先席に座った。会場最寄のバス停までは二駅。時間にして4分ほどで着く。
 降車ボタンの場所を確認してほっと一息ついた、その時だった。
「あのねえ、体が悪いのはあんたたちだけじゃないんだから」
 前の方でおばさんらしき女性の低い声が言っう。それは明らかに私たちに向けて言っているのだとすぐに分かった。
(そんなこと言われてもなあ)
 突然のことにあたふたしながらも私は思った。浜松に来るのが初めての友人をエスコートする方が、その時の私には重要だったのだ。周りの様子に耳を傾けている余裕など無かった。
「バスに乗るには制限時間があるんだから乗れなかったらどうするんですか?」
 それに続いて知人が言う。
 そこでようやくはっとした。
(そっかー、あの人もバスに乗ろうとしていたんだ)
 それからもおばさんは何か言っている。どうやらそのおばさんは足が悪かったようだ。そしてやはりおばさんはバスに乗ろうとしていた。そこを私たちが横入りしてしまったのかもしれない。まだ詳しい状況を飲み込めていないが、確かに縦1列になって歩いていた私たちも悪かったと思う。
「いや、今のは私たちも悪いよ。縦1列で歩いてたんだし。降りる時は繋がらずに各自で行こうか」
 状況が分からないながらも、私は知人とおばさんに向けて言った。そうすることしかできなかった。
 本来ならおばさんに対してちゃんと謝罪しなければならないのは分かっていた。しかし私はそのおばさんに謝ることができなかった。突然のことに動揺もしていたし、自分もおばさんに何か言われたらと思うと怖かったからだ。

 バスが走りだすと、少しづつ気持ちが落ち着いてきたのか、だんだんと事の状況を理解できるようになってきた。その結果、全盲ゆえに周りの状況をすぐに察知できなかったことを攻めた。
 あの時私はどうすべきだったのだろうか。
 確かに視覚障害がある私たちに対して、わざわざあんなことを言ってくるおばさんもどうなんだろうと思う。仕方ないではないか、目が見えていなかったのだから。それでも…。
「ごめんよ。私たちも見えてなかったもんで。気づいてあげられなくてごめんね」
 あの時本当はそう言いたかった。言わなければいけなかった。でもどうしても勇気が出なかったのだ。
 写真詩展を案内している時も、中華料理屋でお昼を食べながら談笑している時も、ついでにビックカメラで二つとも取れてしまったブルートゥースイヤフォンのイヤーピースを購入している時も、頭の中はあのおばさんのことでずっともやもやしていた。

 それ以来一人でバスに乗る時には、バスの前で並んでいる人並が去ったのを確認してから乗るようにしている。

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