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皆がゲームを楽しんでいる後ろで

 その日は勤労感謝の日だったからか、ほぼ毎晩のように開かれているスカイプのグループ通話のメンバーは皆お休みだったようで、朝の8時ぐらいから通話が始まっていた。
 朝食と身支度を済ませて、ヘルパーさんとの外出までの時間少し上がってみると、話題は音戦卓球(おんせんたっきゅう)のことで持ちきりだった。
 音戦卓球というIOSアプリ(無料)があると教えてくれたのは、最近このグル通に仲間入りしたKちゃんだった。その流れで現在彼女と同じ施設に居るSさんが数日前からやり始めた。そんな二人に触発されたのか、こんどはMちゃんとTさんも音戦卓球をやってみたいと言い出した。そんなわけで、私以外のグル通のメンバー全員が音戦卓球をやり始めたのだった。
 しかし私はやりたいとは思わなかった。もともとゲームには興味が無いからだ。

 いまでこそテクノロジーやIt技術の進歩によって、目が見えなくてもできるゲームが増えてきた。最近では全盲のEスポーツプレイヤーが出てきているほど、全盲者でもゲームをやるのは普通のことのようになりつつある。
 しかし私が子供の頃はそこまでではなかった。目が見えない人はゲームはできないだろう。家族や周りの人たちはもちろん、私自身もそう思っていた。実際私が子供だった30年前当時は、姉や妹がプレイしていたゲームボーイやファミコンや初代プレイステーションなどのゲームソフトに、私ができる物はほとんど無かった。
 しかしだからと言ってゲームができる姉や妹が羨ましいとは思わなかった。自分にはゲームのおもしろさがよく分からないからと、そんな彼女たちをどこか冷めた目で見ていたほどだった。でもそれは今思うと自分だけゲームができないことへのショックを軽減させるための防衛反応だったのかもしれない。

 そんな私だったが、ゲームをやっている様子を観戦するのはそれなりに好きだった。
 お正月の時など親戚が家に来ると、子供たちは皆スーパーマリオやJリーグサッカーなどのテレビゲームでよく遊んでいた。それらのゲームを楽しんでいるお姉ちゃんやお兄ちゃんたちの会話を聞いているだけでも充分おもしろかった。
 それでもやはりゲームをプレイできないと皆の和に参加できないので、会話を聞いているだけではだんだん退屈してくる。そしていつしか一人皆の和から離れて本を読んだりラジオを聞いたりしているのだ。
 でもべつにそんな自分が寂しいとはけっして思わなかった。もともとゲームには興味が無いからだ。

 ヘルパーさんとの外出から帰宅して再び通話に上がってみると(雨が予想以上にひどかったので、近所のコンビニに昼食とおやつを買ってくるだけにした)、私が居なかった30分ほどの間に、グル通は音戦卓球たいかいとかしていた。
 スカイプ越しにではあったが、この時初めて音戦卓球の音を聞いた。卓球と言うぐらいだから、一般の卓球のようなコンっというボールが行きかう音や、あるいはサウンドテーブルテニス(盲人卓球)のような、鉛の玉が入ったボールをラケットで撃ち合う音がするのだろうと思っていた。ところが実際には音戦卓球であることを知らずにその音を聞いたら、まるでバトルアクションゲームでもしているのかと錯覚するほど迫力のある電子音がプレイ中ずっと飛び交っていてビックリした。
 皆楽しそうである。だが私もやりたいとは思わなかった。さきほどから何度も書いているように、もともとゲームには興味が無いというのもあるが、音戦卓球の場合それに加えてゲームの操作を覚えるだけで難しそうだと思ったからだ。
 こう見えて私は負けず嫌いで気が短い性格だ。おまけに前回の記事でも書いたが機械音痴である。そんな私に瞬発力のある素早い操作が求められるようなゲームをさせてしまった日には、苛立ちでIphoneを叩き壊してしまうかもしれない。だから自分のような人間には音戦卓球はやらない方が良いと思っている。

 彼らのプレイを聞いているうちに暇になってしまった私は、いつしかブレイルメモスマートを起動させて読書を始めていた。そして思った。子供の頃もそうだったなあと。
 親戚が家に来た時、子供たちがゲームで楽しんでいる後ろで、私はいつも一人本を読んでいた。今の光景はあの頃のそれとまるっきり同じだ。違うところと言えば、テレビゲームがアプリゲームになったのと、紙の本が点字ディスプレイ上の文字になっただけで。

 あれから数日。グル通内では今も相変わらず音戦卓球のブームが続いている。このゲームを教えてくれたKちゃんからも通話に上がる度に、「モグラさん(このグル通内での私の呼び名)も一緒にやりましょうよ」と勧誘される。
 じつはここにきて気持ちが揺らいでいる。自分だけが音戦卓球の話題に参加できないのはやはり寂しいからだ。まだやるかどうかは分からないけれど、とりあえずアプリだけでもダウンロードしてみようかしらと思い始めているところだ。

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