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ポジティブな叫び

 昨年11月から始まった施設の修繕工事の影響で、上の階の生活介護事業所の重度障碍の利用者さんたちが、私たちが居住している反対側のフロワーに降りてきてから1カ月半ちょっとが過ぎた。
 降りてきた当初は思っていた以上に落ち着いていて静かだったのだが、ここ1.2週刊、朝や夕方がだいぶにぎやかくなってきた。特にここ最近毎朝6時ぐらいから彼ら彼女らの叫び声や鳴き声のような声で起されるので正直いらいらする。今居る私の部屋は、彼らが居住するフロワーに近いのでなおさら声がよく聞こえるのだ。

 「最近あっちのフロワーがにぎやかくなってきましたよねえ」
 先週の調理のプログラムで作ったコロッケを食べながら、担当のケースワーカーさんでもある職員さんにそう話をした。すると職員さんはこう言ったのだ。
「あーそうやねえ。でもあの声はべつに怒っているとか暴れているとかじゃなくて、あれがあの人たちの素なんだよ。初めてあの声を聞く人には不安に思うかもしれないけど、あれが彼らにとっての普通やねん。それだけこのフロワーに馴染んできてはるってことやねんなあ」
 そうだったのか!と私はその言葉にはっとした。
 私はてっきり彼ら彼女らも慣れないフロワーでの生活に落ち着きを無くしてきているとばかり思っていた。でもそれは私の思い違いだったようだ。
 あの毎朝聞こえてくる叫び声や鳴き声のような声が、彼ら彼女らの話声だったのだ。ということはあれはポジティブな叫びだったようだ。

 そういえば以前ステキブンゲイやカクヨムで連載していた『葵が岡盲学校中学部は今…!』という、盲学校の中学部を舞台にした緩い青春小説に、牧田くんという盲重複の障碍を持つ男の子を登場させた。
 彼は私たちが使うような普通の言葉を話せない。しかし彼特有の言葉でなら皆と普通に話すことができる。それが彼にとっての普通であるということがあたりまえになった世界を、私なりに描いてみたつもりだったのだが…。

 今回の件は、まさに牧田くんのそれと同じことなのかもしれない。
 そう思うと気持ち的に少し楽になったような気がする。

 とは言っても、毎朝にぎやかな声で起されることには変わりないので、さすがにこれが数日続くのはだいぶしんどい。しかしこれも上の階の工事が終わるまでの後1カ月ちょっとの辛抱である。

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