グリコはひとつぶ300メートル

「ひとつぶ300メートルおいしくてつよくなるってどういう意味ですか？」

高校生というのはバカである。偏差値の話ではない。箸が転んでもおかしいお年頃という意味だ。毎日どうでもいいことで盛り上がって生きている。

私たちは、創立100年をゆうに超える由緒正しき女子高に通っていた。2年生だったか、3年生だったか。親友とけんかする前のことだったから、たぶん2年生のときだと思う。放課後、いつもの5人組で集まって、優雅にお菓子を食べていた。もしかしたら、朝の小テストの補習があったのかもしれない。

グリコの話になった。

お菓子のグリコである。江崎グリコ、の看板商品。ハート型のキャラメル。皆さんご存じ、昭和レトロなタンクトップを着て角刈りにした男性が両腕を上げ、あたかもゴールテープを切るかのようなさわやかさで、消費者に購買を促しているパッケージのあれのことだ。なんなら道頓堀でもあの姿で光っている。実物は見たことないけど。

5人のうちの1人が、おもむろにグリコの箱を手に取って、タンクトップの男とじっと見つめあっていた。キャラメルを頬張っている。まだ男と見つめあっている。咽喉が動く。ごくん。口の中のキャラメルが溶けきったらしい。すると顔を上げ、私たちを見て言ったのだ。ひとつぶ300メートルおいしくてつよくなるってどういう意味？

「知らん」
「ひとつぶで300メートル走れるんじゃない？」
「でも300メートルおいしくてつよいって日本語おかしくない？」
「おいしくてつよいってどういうこと？」
「さあ」
「グリコのグリコなんだからグリコの中で1番てことじゃね」
「300メートルはなんなん」
「ひとつぶで300メートル分のカロリーがあったりして」
「やめてよ！」
「おいしくて太るのまちがいだな」
「いやさすがにないでしょこのハートに」
「何でタンクトップ着て走ってるんだろうねこの人」
「グリコマンだからじゃん」
「やっぱりひとつぶで300メートル走れるんじゃない？」

グリコを前にして、私たちはまじめに白熱した。だけどふつう、なんでだろうね、で終わっていいと思う。「ひとつぶ300メートルおいしくてつよくなる」のキャッチフレーズの語呂がよかったからじゃないとか、そんなところで終わっていいと思うんだ、私。

言い出しっぺが「う～、気になる！」とジタバタしていた。それを見た誰かが「聞いてみれば？」と言った。――誰かと書いたが、誰が言ったか私はハッキリ覚えている。覚えてるんだからな！

「そんなに気になるなら聞いてみればいいじゃん」
「へ？」
「誰に」
「どこに」
「お客様センターに」

そこまですることだろうか。グリコのキャッチフレーズが気になったくらいでお客様センターに電話をする？　いやいや常識的に考えてありえない。向こうはお仕事、私たちは放課後の雑談。迷惑すぎる。おかしい。バカじゃん。バカすぎるだろ。そう――高校生というのはバカなのである。

「そうだね、聞いてみる！」

聞くんだ。ピュアかよ。すかさず携帯電話を取り出している。「えっまじで言ってんの？」「うそでしょ！？」「ホントに掛けんの！？？！？」さわいでいるのは私ともう1人で、聞いてみればいいじゃんと言った子はげらげら笑っているし、残りの1人は「失礼のないように聞くんだよ」とアドバイスしていたと思う。失礼も何もさあ！

左手にグリコを握りしめ、彼女はお客様センターに電話を掛けた。お忙しいところすみません。ちょっと聞きたいことがあって。あの。

「ひとつぶ300メートルおいしくてつよくなるってどういう意味ですか？」

「………………………………お姉さんめっちゃ笑いこらえてた」
「そりゃそうだろ！！！！！」

でも丁寧に教えてくれたよ。やっぱりひとつぶで300メートル走れるくらいのエネルギーがあるってことなんだって。おいしいうえにつよくなるってことらしい。

――とお答えいただいたような気がするんだけど、行動のインパクトが強すぎてあやふやである。でもたぶんそう。企業名トリビアに書いてあるから。

企業名トリビア　「Glico」の社名の由来 | 【公式】江崎グリコ(Glico)

大正時代、のちにGlico創業者となる江崎利一は、佐賀で薬種業を営んでいました。
ある日、漁師たちが牡蠣の煮汁を捨てるのを目にします。
「牡蠣にはエネルギー代謝に大切なグリコーゲンが多く含まれている」という過去に読んだ記事を思い出しました。
「栄養豊富な煮汁を捨てるなんてもったいない。なんとか活かせないだろうか」。
最初は、薬への利用を考えたそうですが、それよりも病気の予防が第一、子どもたちの健康づくりに活用することを決めました。
「“国民の体位向上”に貢献したい。そのためには、子どもたちが喜んで食べてくれるものがいい」
このひらめきで、グリコーゲンの入った栄養菓子「グリコ」が誕生したのです。

私の人生で、後にも先にも「ひとつぶ300メートルおいしくてつよくなるってどういう意味ですか？」以上の、まじめに聞いたおかしな質問を知らない。小学生が聞いたのではないのだ。女子高校生が聞いたのである。「女子高ってこわそう」とたまに言われるが、箸が転んでもおかしいので、こわいことなんかないよ。たぶん。むしろ、ちょっとは恐れろって感じだよ。

グリコ、メンタルまでつよくなってしまう。ハートだし。

ツイッターが登場するより少し前の話なので、いまはこういう質問、サクッと聞けちゃうんだろうな。

江崎グリコ様、その節は親切なご対応ありがとうございました！