本厄の八方除けに行き、人生に対して心を強く持った話。


 2020(令和2)年2月2日、の「2」尽くしの日に、友人と地元の神社へご祈祷(お祓い)へ行った。厄年の厄除祈願である。
 てっきり前厄だと思っていたら、数えなので本厄だった。
 しかも大厄。
 去年、前厄じみたことあったっけ、ていうか人生のほとんどが厄年みたいなもんだったし厄除けとは? とか、思いながら八方除けを受けた。

 神社への参拝は朝早くがよいというけど、ギリギリ午前の十一時。

「七五三ぶりだよ」
「自分でご祈祷の手続きするの初めてだわ」
「小祈祷で六千円……」
「いや高くない! 高いとか思ってない! 思ってないよ!!」
「あ、もらったやつなんかいろいろ入ってる」
「てかお祓いってこんな短かったっけ」
「大人になったってことで」

 とか、お互いにところどころ不信心なことも言いながらの十五分弱の祈祷だった。帰りには、いろいろもらったもののなかに入っていた絵馬を書いた。絵馬、もしかしたら初めて書いたような気がする。


 厄年、というけど、同じ年に生まれた人間が全員厄年だったら、この世界に生きている人間の大半はつねに不幸じゃないとおかしくないか、と思う。
 大厄、私と同学年の人間だけでいったい日本に何人いるんだろう。
 前厄とか後厄とか言い始めたら、厄年が二回来る三十代女性のほとんどはずっと不幸だ。

 そんなことってあるかな、と神職が振る榊の音を聞きながら考えた。

 いかにもアルバイトと思しき奉納の舞をする年若い巫女さんたちを眺め、鈴の音が頭のうえを通り過ぎるときには、厄を除けたら幸運も逃げそうだ、などとも思い始めていた。幸福と不幸はつねにバランスを保っている、いいこととつらいことは人生半々ずつ、との長年の持論がぷかぷかと泳ぐ。

 私は寺社めぐりが好きだし、いまのようにものすごく流行る前は御朱印も集めていた。ご祈祷をお願いした地元の神社は、お宮参りも七五三も済ませたところだし、お正月の参拝もかならずここ。大学院の受験前にお参りにきて、境内で盛大にすっころんだ思い出もある。まったくの不信心、というわけではない。厄年なるものも、本当にあるのかもしれない。

 だけど、人生のほとんどが厄年のようだった私には、このさきは上昇しか約束されていないのだ。

 一〇八では足りない煩悩が渦を巻き、やがて、榊をご奉納ください、とアナウンスがあるころには、私はなぞに心を強く持っていた。自らの人生のありようになぞの自信を得る、これがお祓いだったのかもしれない。


 天気がよかったので、本殿以外の兼務社もお参りしながら、三浦界くんの顔面が最高なんだよ、スペックも最高なんだよ! と友人に訴えたけど、出来すぎできらきらしすぎて目がつぶれると言われた。かくいう友人は「見た目はいいのに中身ポンコツだとほんと萌え禿げる」と2.5次元推し俳優の熱弁をしていて、ごめんそれわからんわ、とどっちもどっちな会話。

 うちらまじで変わらんなあ、と思った。
 高校のころから異性の趣味がとわに平行線である。うん、平和だ。



 ご祈祷から三日後、ライブのチケットが追加当選した。
 推しに会える!
 厄除けばんざい!!!
 煩悩は仏教だから、残念ながら神社では祓えなかったみたいだ。三毒の煩悩、貪欲(とんよく)に忠実にチケットが手許へやってきた。とてもうれしい、だがしかし金欠なので、いま無限にお金がほしい。次はお寺かな……。


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