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何度でも読み返したいnoteの記録
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#夢

わたしの写真との向き合い方

昔から、物語を形づくることが好きだった。 * 幼稚園の頃、わたしが砂場で砂を掘っていると、先生がやってきてそっと耳打ちをする。 「この砂をずーっと掘り続けて、硬い地盤も掘ってしまうと、アメリカという別の国につながっているのよ」 その日以来、ひたすら砂場を気の済むまで掘り続けた。卒園するまで必死に掘り続けても、まだ見ぬアメリカにたどりつくことはついに叶わなかった。 * 小学生の頃、学校まで片道30分くらいかけて歩いて通っていた。同じ学区内にいる子たちで指定された時間

挫折ではなく夢破れたかった

最近わかったことがある。自分の夢は叶わなかったなあと漠然と、何度も何度も思ってしまうことについて。 私の夢はバレリーナだった。4歳の頃から始めて、小学校4年生の頃有名なダンサーが所属する、とても活気のあるスタジオに移った。そこで素晴らしい先生、仲間に出会い私の人生は一変した。上手くなりたい、努力すればするほど成果が出る、コンクールにも挑戦したい、とどんどん欲が出てきた。気が付いたら田舎町の小さな支部から本部へと呼ばれ、全国至る所で行われるコンクールに出ては、上位入賞するよう

夢を諦めさせてくれた人

先生へ ご無沙汰しています。さとうです。 と言ってもおそらく、先生はもう、僕の事を覚えていないと思います。 最後にお会いしてから、もうすぐ10年が経とうとしています。 僕は約10年前、先生から脚本を学んでいました。 10年振りにこうして文章を書いているのは、理由があります。 どうしても、先生にお伝えたいしたい事があります。 1人に向けて書くんだよ。たった1人に まず、その前に僕の事を思い出してもらわないといけませんね。 約10年前、プロの脚本家の方数名で脚本スクールを

持てるならば健やかな怒りを

ふっ、と目が覚めてスマホに目をやると朝の5時だった。窓の外はまだ真っ暗で、もったりとしたぬくもりを宿す毛布に顔を埋めて画面をタップする。すると覚えのないメモ帳が開いており「正しい怒りを忘れない」という一文があるではないか。実におだやかでない文言である。 何かの神託や霊言ならかっこいいが、おそらく自分で音声入力したものだろう。私はたまに夢のなかで仕事をしているらしい。そのなかで忘れていた〆切を思い出し、がばりと起き出してはPCをひらいたり、スマホにアイデアを音声入力していたり