友だちにアカウントがばれたって話。
私は今、あるアーティストを猛烈に推している。
どのくらいの愛かというと、何度もライブが落ちても先着でギリギリチケットをもぎ取ったり、一回のグッズ購入で家賃越えのお金を吹き飛ばすことに躊躇が無いレベル。その人が引退するならば地球に隕石が落ちて滅んでしまえ、と思うほどやや過激な思想寄りの人間。
その推しを愛するきっかけになったのは、それなりの付き合いのある友人がいろんな曲を熱心に布教してきたことから始まった。
当時「推し」という概念を知らない私は、特に誰も好きではない無趣味で、味のないガムのような人生を送ってきた。
学生時代にその友人がそのアーティストを半ばごり押しで勧めてきたこともあり、仕方なくその曲を聞いてみることにした。
その瞬間、私の人生に桃源郷という存在が生まれた。
たった一曲で全身に衝撃が走ったのに、全ての曲を聞くころには天に召されていた。
つまりそれほどの影響を与えたアーティストだった。
そして時間は流れ社会人。そのアーティストが珍しくライブを開催することとなった。もちろんこれに反応しないほど、傍若無人な私ではない。
自分の運を使い果たす勢いで落選しながらも、何度か応募し、最後の最後でもぎ取ることができた。この時に多分一生分の運を使い果たしたといっても過言ではない。
そんなこんなで無事に推しのグッズを買い、推しを拝めて涙涙のライブを終わらせることができた。あの場の空気感が忘れられない私は、ふとYouTubeのコメントに推しへの愛をまんべんなく書き込んだ。
こんな数千ものコメントがある中で私が書いたものなんてすぐに埋もれてしまうだろうとたかを括っていた。
しかしここから事件が起きてしまった。
久しぶりにアーティストを布教してくれた友人と近況報告も兼ねて話をしていた。くだらない話をして大笑いしてと学生時代から変わらないことに安心をしていた。夜も更けてきたところで突然友人のトーンが変わった。
「ねえ、一つ確認したいことがあるんだけど?」
何のことか全く知らない私は二つ返事で快諾した。なんかまたくだらないことでもするのかな?程度にしか思っていなかった。すると友人はまた聞いてきた。
「嘘はつかないで言ってほしいんだけど、あのアーティストのYouTubeのコメント欄に何か書き込んだりしなかった?」
心臓がいきなり勢いよく握りつぶされた気分になった。あの劣情こもった愛の怪文書を見たと?変な汗が噴き出始めたが、とりあえず「知らない」の一点張りをしてみた。
すると友人はある画像を送ってきた。
あ き ら か に わ た し の ぶ ん し ょ う を 。
「曲聞いていたら、このコメントを見つけて、明らかに画像と文章的に君なんじゃないかと思ったんだけど。」
はい、明らかに私です。しかも見直してみると、私の何気なく書いた文章に数多のいいねがついて、上の方に掲示されていたという鬼畜仕様。
何やってんだ!YouTube運営!!
とにかく私はこの怪文書を書いている人間と同一人物ではないように装うことにした。冷や汗が止まらないまま。
「まるでわたしがかいたぶんしょうじゃないか」
ほぼ暗唱のような返事をしてしまった。
まずい、非常にまずい。私の好みが駄々洩れになっている。こんなのが友人にばれたものならば、私はデーモンコア実験のように消し飛ばないといけなくなってしまう。
「でも、この文章明らかにき」
「私この文章初めて見た!こんなに人数多いと私みたいな人って一人ぐらい現れるんだね!にしてもよく見つけたねえ」
とにかく赤の他人を見つけて、驚く素振りで乗り切るしかない。私は必死に、自分のドッペルゲンガー説を熱弁した。
すると友人はやや納得がいったのかいかなかったのか分からないような声で
「なんだ、君じゃないのか。残念。」と話してきた。
それ以降は、似た人間は同じ世界に何人かいるね、と珍し気に話して事なきを得た。
やった。私の名誉は守られた。心の中で激しいガッツポーズとヒップホップを踊っていた。
そうしてアカウントがバレるのを回避した私は、別の話題に移った。
そういえば最近この動画もはまっているんよね。なんて友人に最近興味のある動画を画面共有して話していた。
画面共有。
私が画面共有したところに、あのアカウントがデカデカと映し出されることを考えずに。
私は無事に爆死した。