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選択肢に「NO」があることを知った日、カルチャーショックを受けた。

「プレドニンはムーンフェイスになるから飲みたくない」

 救急で入院し同室になった少女が、医師の治療方針に「NO」を突きつけていた。
  もう15年以上前の話である。

 10代終盤から続いていた体調不良を放置していたら歩くのもしんどくなり、21歳のとき「検査入院」するに至った。「検査入院だし」と1〜2週間程度で帰れると高を括っていたら、難病と診断され3ヶ月半入院(そのうちの3ヶ月は絶食)してしまった時期の話だ。

 自分より年下の女の子が、医師の提案を拒否している。その光景に稲妻が走った。走ったあとで、ぽかんとしてしまった。カルチャーショックを受けたのだ。

「そんなん言っていいの…」

 医師の言うことは絶対、と思っていたわたしは「え、そーゆーのってアリなの!?」と何度も胸の内でつぶやいていたし、思い出すたび今でもつぶやきたくなる。それくらいの衝撃をあのとき受けた。

 ちなみに「プレドニン」とはステロイド薬のこと。長期的にステロイドを使用した場合、副作用のひとつとして顔に脂肪がつき輪郭が丸くなる「ムーンフェイス」と呼ばれるものがある。
 少女が嫌がるのもわかる。お年頃だもの。ムーンフェイスの状態で誰かにお見舞いに来られても心中は複雑であろう…なんて考えていた自分が、このときムーンフェイス真っ只中にあったのだが。

 てかムーンフェイスってなんだよ…と幼いころから喘息でステロイドのお世話になっていたにもかかわらず、はじめて知った副作用。
 薬について何も知識がなかった。医師から提示されたらそれに従うのが当たり前だと思っていた。医師に限った話ではない。人に対してはっきり「NO」を言えない。言ってはいけない。そんな教育を受けてきたわけではないのに。言うのがこわい。一体、いつからだろう。

 答えに「YES」と「NO」のふたつしかないなんてことはなくて。頭ではわかっている。わかっていても、「どうする?」と迫られる場面でたじろぐ。すぐにどちらかを決めなければいけない気がしてくる。非常に焦る。結果「よくわからない」状態でも首を縦に振ってしまう。そのために後悔し、死にたくなった夜もあるのになぜ「NO」を言えないのか。萎縮するせいか。迎合しようと算段が働くのか。場のノリか。
 誰の顔色を窺いわたしは生きているのだろう。

「プレドニンはムーンフェイスになるから飲みたくない」

 そう主張していた少女だったが、最終的にプレドニン治療をおこなうに至った。わたし以上に重篤な症状に見えたが劇的な改善がみられ、わたしより先に退院していった。
 結果がどうであれ、一度「NO」を突きつけた彼女の入院中の言動は、わたしの常識から外れたものが多かった。ゆえに「わたしの常識」なんてものがちっぽけに思えた、21歳GW明けの出来事である。

✽✽✽✽✽

 検査入院で病名が発覚して以降、特定医療費(指定難病)受給者証の更新を毎年おこなっている。

 今年も先日役所へ出向き、手続きを済ませてきた。書類に不備がないか、コピーし忘れたものはないか。職員の確認作業を見つめながら毎年緊張が走る。もはや風物詩と化した。

 「これで更新の手続きは終了しましたので──」の言葉でようやく解放の瞬間を迎えるのだが、今回は「今年から始まったシステムについてご説明させてください」とまさかの展開が滑り込んできた。

 内容が記された紙をもとに、新しいシステムとやらが説明される。まったく理解が追いつかぬまま、とりあえず相槌を打っていたら最後に「申請されますか?」と訊かれ「は?」となった。な、何を申請するって???

 改めて説明してもらっても、頭にデカい「?」しか浮かばない。
 ああ、まさにこの状況じゃないかっ!↓

 フリーズした。
「どうしたらいいですかねえ…?」
 聞き返したところで、判断を下すのは己なのだ。

「家に帰ってよく読んでみます」
 そうだ、「保留」という選択肢だってある。世の中、即座に白黒つけなきゃいけない場面ばかりではない。なのに、肝心なときほど「一旦考えさせてください」が頭から抜け落ちる。

 「ナイス保留!」と心の中で自身を励ましつつ、理解力のなさに肩を落とし建物外にあるベンチに腰掛けた。
 説明書もゆっくり読めば概要が掴めてくる。どうやら難病に罹患している者は「登録者証」を交付されるようになる。情報はマイナンバーカードに紐づけするのが前提で、福祉課やハローワークなどを利用する際活用出来ますよ!って話だった。ただね、システム構築がまだ完了していないから現時点で提供できるサービスはないのよ、まあ秋ごろには完了する見込みだから申請していかない?みたいな流れらしい。

 雰囲気に流され「YES」と答えなくてよかった。いまだかつて、マイナンバーカードを駆使している人間も施設も間近で見た試しがない。何事も様子見様子見。

 「ナイス保留!」
 同じく答えを迫られる場面が苦手なひとは、まずこの一言を思い出してみてほしい。わたしも心がけていく。「NO」を堂々と言える日が来るまで。

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