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日々、迷路の中

クソわがままで甘ったれで、自尊心が高くてそのくせ傷つきやすい。
あげく、天邪鬼なのでみんなが好きなものが嫌いと言いたい軽度の厨二病患者。

自分のことを羅列するとこんな感じ。
並んだ言葉を見ただけでも「あーめんどくさ」とも思う。
さらに言うとうわべの社交性や協調性だけ若干あるので手に負えない。

自分がこんな人間じゃなければしっかり会社勤めをして、地に足をつけて生きてたのかな、と度々思う。
なんだかんだで今まで働いた会社は大小に関わらずどこもいいところで愛着もある。

でも僕は今しがない服屋をオンラインで営んでいる。
食い扶持を維持するために他の仕事をしたりもしている。
今そういう状況にいるのは正否関わらず自ら選択したからだろう。

なるようになってる気もする。でもそこに運命なんてものはない。
自分の気持ちや思いを優先するわがままさがあっただけ(だと思う)。
そんな選択をさせる要素が人生の中でいくつか重なったんだろう。


1.バックボーン

一つに物心のついた頃には父親は町工場の経営者だった。
大手の下請けみたいなものなのだがワンオフで製図から作り、試験運転、納入までワンストップ的に請け負う。
やや特殊な機械なのでメンテナンスや交換部品の制作も行う。
完全に独立した採算をもつ有限会社だったので所謂「サラリーマン」の家庭ではなかった。
そんな父を見ていたからあんまり会社勤めってのが実感がなかったのかもしれない。

2.大学中退とアパレルの世界へ

二つ目は大学を中退してやりたいことに向かおうとしたこと。
この時点で一つの選択ではあるのだが。
大学在学中から洋服が好きになり大学の勉学が疎かになった。
今思えば学ぶと言うことはとても楽しいことで当時の自分には頑張って勉強しろと言いたい。
また世界がリーマンショックとこんにちはしたことでバキバキの就職氷河期到来、周りの同級生は阿鼻叫喚の中、僕は学歴がさほど重視されないアパレル業界でアルバイトから始めることにする。
(アルバイトでも結構決まるまで大変な時期だった。)
ここで「買う・着る」に加えて「売る」ことが楽しく感じたのも非常に大きかった。
土曜だけ服飾の専門学校のビジネススクールみたいなのにも通った。
ちなみに父は古い人なので大学を辞めて服屋になると言った時に大学辞めてまで「売り子」になるのかと言われた。
でも「売り子」は胸を張って言える立派な職業だし誇りもある、父も結果的には理解して応援してくれている。
後から母に聞いたが工業高校卒の父は自分より後に入ってくる現場のことがわからない大卒採用者が上に立つことを口に出さないまでも苦々しく思っていてそれを味わって欲しくない気持ちからだと言っていたと聞いた。
いい両親に恵まれ愛され自分がよくこんなにもひねくれたもんだなと我ながら思う。
話はそれたが10代20代前半の全能感もありこの辺りで「服で食っていくなら店持つ!」みたいな漠然とした考えとやっていけばうまくいくという意味不明で根拠のない自信を持つことになる。

3.鬱

三つ目で大きかったのは20代後半に「うつ病」になったこと。
よく病気のおかげで人生を見つめれてよかった、なんて話をCMとか有名人が話したりする。
その人にとってはそうなんだろうけど自分にとっては「んなことあり得んだろ」である。
ならないならならないほうがいい。それほどうつの一年間弱はきつかった。
(この辺のことは別の記事として書こうかなと思う。)
無駄に自信いっぱいで自分は優秀で間違えないと思っていた自分はどこかに行った。
一つずつ、当たり前にできていたことが出来なくなっていく。
周りの目や言われてることが気になっていく。
支えていた自信や期待がなくなって自分が無価値になっていくように感じる。
そうなって気がついたら布団から出れなくなって仕事の行き帰りにため息と涙ばっかり出る。
まぁぶっ壊れた。
自分と思っていたものは人の期待に応えるために築き上げたハリボテだった。
泣きながら当時勤めていた店に電話をして「うつ病」の診断が出たことを伝えた。
むっちゃ怖かったけどあの時周りに支えられて唯一できた「選択」だった。
お別れはしたけれどこの時支え続けてくれて復職の時店の近くにまで一緒に付き添ってくれた当時の恋人には感謝しかない。

その後会社には一回離れたり、復職したりするんだけども数年間自分のメンタルと付き合いながら働いて、もしかしたら一番大きい選択をする。
うつになるまでこの大好きな会社で頑張ろう、と思っていた会社を退職した。
すごく必要とされる言葉も自分を欲しがっているブランドもあると言ってくれる上司もいた。
でもどこかで自分らしく自分らしさを愛して生きていくには辞めなければと思った。
誰かの言うことを聞いたり誰かに指示されずに自分の店を持とうを思った。
この選択の中にまだ自分はいる。

〆.日々、迷路の中

前述にあるように今はオンライショップを営んでいる。
これだけでしっかり食えていけるほどにはできていない。
だから今は過去に現在に、いろんなところに散りばめられた大小さまざまな選択が正しいかはわからない。
漠然と計画や見通しはある。
でも昨今あったようなコロナや天災など読めないものもたくさんとある。
政治状況も経済状況も人の関わりの多様化も迷路の中にいるかのようになっていく。
右か左か、まっすぐか。
ここは行き止まりか、遠回りか、近道はないか。
そんなことをこれを書きながらも頭を痛めて考えている。

店を始める決心を固め退職する前に買ったものがある。
ジェイソン・タカラ(jason takala)と言うインディアンジュエリー界の大物アーティストの指輪。
高齢で目の不調から2020年に引退された(はず)ので購入できるタイミングは結構ラストチャンスだった。
モチーフは渦巻状の迷路の前に佇む人、「Man in the meze」と言われる代表的な柄。
正直お値段は結構したので頑張った。
しかもオーダーだったので結構待った。
以下がモチーフの説明である。

迷いながらたどり着くのが人生
Man in the maze、The symbol of lifeとも。 メイズは”迷路”の意味で、ホピに伝わる人生の教えを表した古い意匠。”人生に迷って突き当たることがあっても、いつか正しい道にたどり着くことができる”という意味が込められているものとされています。

http://indianjewelry.malaika.jp
インディアンジュエリーまとめサイト より
Jason takala "ring man in the maze"

このモチーフの刻まれた指輪を右手の親指にしている。
所謂おまじないお守りみたいなものだけれども自分の選択や決断を後押ししてくれる、勇気をくれるものだと思うようにしている。

勝手に正解が出たり解決されることはない。
迷路の中に立ち止まっていても迷路から出ることも正しい道に行くこともない。
もちろん間違った選択もあるだろうけれど立ち止まっていたらそこで失敗を学ぶこともない。
そんな時に指輪の迷路とその人影を見て前に進むようにしたい。
そういう思いを込めて買った指輪で今も手放せない。
(金銭的理由で手放そうとしても思い止まるのはこう言うことかと自分でも思う)

今は特別豊かでも自分の思い描いたことが実現されているわけでもない。
でも、いろんな選択とその結果が自分を作りあげている。
これからも迷路の中で悩み苦しみ、愛する人や愛してくれる人の支えられてたくさんのものを選んで行くんだろうと思う。

自分に言い聞かせるような記事にもなった。
Man in the maze.
今も日々、迷路の中。
右に行こうか、左に行こうか。
今日をどこを迷おうかと思う気持ちに迷いはないと思える。

x.お店の紹介

こんなのがやってるお店です。
よかったら覗いてやって。


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