音楽

くるりを聞きながら深夜。自分音楽史の中でもくるりは比較的早く登場する。「アンテナ」というアルバムをTSUTAYAで借りたのが確か最初で、2004年か2005年くらい。時期はハッキリ覚えていないけど、フジファブリックの「桜の季節」を聞いて「声がくるりと似てるな」と思った記憶はなんとなくある。

「アンテナ」は当時の自分にはあまり響かないアルバムだった。ちょうどBUMP OF CHICKENに没頭し、同じような3-5人編成のロックバンドを漁っていて、ACIDMANはピンときたけど、くるりはピンとこなかった。「ロックンロール」という曲だけが心地よい響きだなと思ったぐらい。

今も雑食極まりないが、あの頃もずいぶん雑食だった。「3-5人のバンド」なのでSHAKA LABBITSに行ったり、同じ宮城出身なので椿屋四重奏に行ったり。スペースシャワーで聞いたManic Street Preachersに脈絡もなくハマったりしていたのが懐かしい。残念ながらそこから興味が広がることはなかったのだけど。
Base Ball Bearも、サカナクションも、FoZZtoneとの出会いもスペースシャワーだった。あるいはM-ON!だった。自分にとっての音楽会とはTSUTAYAとケーブルテレビで、雑誌を買うのはお金がもったいなかった。
バンドで食べていくような人たちは、ここから友達を見つけていくのだからすごいなと思う。自分にはここから友達を見つけることができなかった。槇原敬之にとっての沢田知之みたいな人、志村にとっての渡辺隆之みたいな人を作ることはできなかった。こういった音楽の話ができる友達が近くにいる人が羨ましいなと思う。

Spotifyはどんどんライブラリにアーティストを追加できるようになっているので、ヒストリーみたいなものが薄まってしまうような気がしてなんとなく勿体無い。と思ったが、これはどっちかといえば自分が歳を取って、そういったものに小慣れてしまったというそれだけなのかもしれない。実家に帰るたびに、童心に返ったかのようにジオラマやスマホの三国志ゲームに夢中になっている父親のことが少し羨ましくなったりもする。わからないことを、わからないなりに一生懸命に楽しんでいる。本当はそれでいいはずなのだけど。

くるりとは、自分にとって、まだ見ぬ東京の風景を描いてくれるものだった。「東京」、「春風」、「ばらの花」、「リバー」、「ハイウェイ」、「虹」。気を衒わない、飾らない東京の雰囲気がなぜかそこにあったように思えたものだった。くるりは京都出身なのだけど。「赤い電車」のMV(PVと書きたいが、もうMVの方が主流だな)は何度見たか分からない。「金沢文庫」という駅名に謎の憧れも持っていた。

そして今は東京。こんど、くるりを聞きながら東京を散歩してみるのもいいなと思った。そういう詩的な気持ちで過ごすというのをやりたいのですよね。

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