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それでもやっぱり、私は手を差し伸べたい

良かれと思ってやったことが、逆に余計なお世話になることがある。私の場合、高齢者を目の前にすると無性に手を差し伸べたくなるのだけれど、その後、自省することがある。

ある朝、車で娘を学校に送り終え、家に戻り駐車場に車を駐めようとしたとき、雪の残る寒空の中、段ボールを抱え、えっちらおっちらと道路を渡っているおばあちゃんが目に飛び込んできた。

90度に曲がった腰、歩幅は狭く、歩く速度もかなり遅い。

道路は国道。にもかかわらず信号機のない横断歩道。朝の通勤時間と重なり、多くの車が行き交う。運転手もおばあちゃんに気付き一旦停止をして、おばあちゃんが渡りきるのを待っていた。

私は急いで車を駐車場に駐め、もう少しで道路を渡りきろうとしていたおばあちゃんに駆け寄り荷物を代わりに持ち、歩道まで誘導した。

「こんなに大きな荷物、どこまで運ぶんですか?」

するとおばあちゃんは

「すぐそこの家まで。」

とゼーゼーと肩で息をしながら教えてくれた。

10mほど先の家に到着し、おばあちゃんは玄関を開けようとしたけれど、鍵を家に忘れてきたと言う。その時私は「この家もおばあちゃんの持ち家なんだ。」と思いながら、おばあちゃんに鍵はどこにあるのか聞くと、道を渡った先の今住んでいる家に置いてきてしまったとのこと。

おばあちゃんと一緒に国道を渡って家まで戻り鍵を取りにいく。するとおばあちゃんは奥の部屋から鍵とともにまた大きな箱を持ち出してきた。

「これも持って行くんですか?」

と尋ねると、おばあちゃんは

「これも持って行かんなん。」

と言った。

「なら、この荷物、私が持って行くから、また一緒に行きましょう。」

おばあちゃんの歩幅にあわせてさっきの家までゆっくりと歩いた。

そして持ってきた鍵で玄関の鍵を開けようとした。しかし鍵が開かない。おばあちゃんに変わって私も開けようとしたけれど、鍵が合わない。ふたりで困惑していると、おばあちゃんのことをよく知っている近所のおじさんがやってきて、

「また、このばあさん、こんなことして。これで3回目なんやぜ。この家はもう他人のもんなんや。それにあんた、ばあさんとどういう関係なが?」

と仏頂面で言った。

どういう関係って、私とおばあちゃんははじめましてや!それに、あんたと私は同じ町内で、私がすぎやまの嫁だって知っとるやろ。この間も家に来とったやんか。相変わらず口が悪いな。

頭の片隅でそんなことを思いながら、おじさんからおばあちゃんについての話を聞いた。おじさんがおばあちゃんの弟さんに連絡してくれることになり、運んだ荷物も今はそのままにして弟さんに任せることにし、私はおばあちゃんを元の家に送り届けることにした。

別れ際におばあちゃんはばつが悪そうに、

「ありがとえ。忙しかろに、ごめんねえ。」

と言った。私はおばあちゃんやご家族の状況を考慮せず手を出しすぎてしまい、余計なことをしちゃったのかな、と反省しながら、

「とんでもない。今、おじさんが弟さんに連絡してくれたから、この家で待っとってね。荷物も大丈夫だから。ここの方があったかいし、安全だからね。」

と伝え、私は自宅に戻った。

帰宅してから、さっきの出来事をしばらく考えていた。おじさんが「この家はもう他人のもんなんや」と言っていたことが気になったので、近所のお家状況に詳しい義母に、あの家のことを聞いてみた。あの家は以前おばあちゃんが借りていた家で、今は国道を挟んだ向こうの家を借りて住んでいるとのこと。

おじさんの言った言葉には納得した。と同時に、私は鍵が開かず困っているおばあちゃんの代わりに鍵を開けようとしたけれど、実は他人の家の鍵を、合わない鍵で開けようとしていたんだと思ったら、私は何をやってんだ、と凹んだ。

おばあちゃんはこれまでにもこういった行動を何回か繰り返し、その都度家族やご近所さんがフォローしてきていたことも露知らず、おばあちゃんの行動に加担していたと思うと、思慮が浅かったと反省した。

切なさと自省が入り交じる。

良かれと思ってやったけれど、余計なお世話になっちゃったな。

身内でもどこまで手を差し伸べたら良いのか迷うことはある。ましてや見ず知らずの方に手を差し伸べるのは、喜ばれることもあるし、余計なお世話になってしまうこともある。

また、見ず知らずの方だからこそ手を差し伸べらるのかもしれない。その場限りだから。身内になると嫁の義務感が邪魔をして素直になれず、手を差し伸べられない自分もいる。難しいな。


ただ、それでもやっぱり、あの時私はおばあちゃんを放っておけなかった。えっちらおっちらと歩くおばあちゃんのもとに駆け寄って、手を差し伸べたかったのだ。

今回はちょっといき過ぎてしまったかもしれないけれど、国道の向こうにはひとり暮らしのあのおばあちゃんがいることを知った。もしまたあのおばあちゃんが国道を渡ろうとしていたら、声をかけて安全な場所に誘導しようと思う。もし荷物を持っていたら、私が代わりに荷物を持ち、今の家に戻るよう伝え、歩幅を合わせて一緒に歩こうと思う。




ヘッダーはイラストレーターのにしはらあやこさんのイラストをお借りしました。あたたかくてやわらかく、見ていると笑みが浮かびます。素敵なイラストを使わせていただき、ありがとうございました。

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