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「よか人」を記憶して生きていきたい
80過ぎの父がラジオ深夜便を聞いて十数年になる。私は聴き逃し配信らじる✴︎らじるを見つけたので父にお薦めの曜日やコーナーを教えてもらい3月からぽつぽつ聴き始めた。インタビューで語る年配の方々のことばには優しさと共に深みがありモヤモヤとした脳を他所に、すとんと腑に落ちる。こんなに心に響くのなら「もっと早くに聞き始めれば良かった」と、つい欲が出たがきっと私が聞く時は「前」ではなく「2022年の今」だったのだろう。
父が深夜便の雑誌も時たま買っていたなと思い出し検索したらネットはご丁寧に「こちらの商品もおすすめです」とPHPを表示してきた。オンラインの無料で読める2010年8月号「あきらめない」をまだ暗い週末の早朝にさらさらと読んだ。東日本大震災が起こる半年前に刊行されたにも関わらず不況下の殺伐とした世をなんとか生き抜こうと励ます数々の文章が突き刺さった。
なかでも姜尚中氏がオモニ(=母) を書いた文にスーッと手を差し延べられた気がした。
オモニは字が書けませんでした。そのため手紙を書くことができず、代わりに声をテープに吹き込んで私にメッセージを残してくれました。オモニが亡くなってから一年後、私はそのテープのなかから次のような言葉を聞きました。
……オモニは、小さか時から働くことばっかしでぜんぜん勉強もできんかったし、昔は女子は勉強せんでよかと言われよったけんね。ばってん、オモニは世の中のことはいろいろ実地で勉強してきたけん。人のオモテもウラもわかっとるつもりたい。世の中にはよか人もおるし、悪か人もおる。情のある人もいれば、なか人もおる。(中略)オモニは幸せだったばい。苦労もしたばってん、よか人たちに出会えて。
…オモニはもともとおとなしい性格の人でした。でも子どもを飢えさせないために、慣れない土地で無数の人たちと関わっていかざるを得なかった。文字が読めないために騙されることも度々でした。でもやがて、人と関わることの喜びを知っていったのだと思います。たとえ「悪か人」と会っても、あとには必ず「よか人」との出会いが待っている。どんな国にだっていい人も悪い人もいるものです。さまざまな出会いのなかにこそ生きがいや幸福が生まれてくる。オモニはそのことに気づいていったのでしょう。
人と関わることには煩わしさもあります。パソコンの上でのやりとりのほうが気楽な部分もあるでしょう。でも自分だけの殻に閉じこもり、部屋のなかでバーチャルなやりとりをしていても、そこには幸せは落ちてはいない。人間の匂いのない世界に閉じこもっていれば、幸せの匂いを嗅ぎわけられなくなる。
人との出会いに、たじろがないことです。
外国暮らしの長い私はここ5年「悪か人」ばかり目についていた。いくら真面目に生きていても、生き馬の目を抜くそんな外国あるあるな日常に私は気を張り「女だからと。アジア人だからと。日本人だからと。なめられてたまるか!」何か言われたら負けずと言い返さねばと拳を構え鎧を纏い『外国人』をやってきた。たぶん、年に一度日本に帰国することで鎧をはずし深呼吸できていたのがコロナで帰国がままならなくなり均衡が取れなくなったからだろう、私は外国人をやるのにヘトヘトに疲れてしまい「日本だったらな」とボヤいてばかりいた。
姜尚中氏のお母さんに自分を重ねポロポロ泣き、そして氏の「どんな国にだっていい人も悪い人もいるものです」の一言に憑き物がとれた。
昨日は公園でカナダ雁の親子を追いかけまわす悪か人達を目撃し胸がザワついた。一昨日はレジで悪か人にお金を余分に請求されそうになった。でも数日前ご近所さんのよか人が声をかけてくれたんだった。また別のよか人がすーっと手を貸してくれたんだった。そうだ。今日から私のテーマ曲はこれだ。あなたの「よか人」を数えましょう〜(あなたのキスを数えましょう の歌をもじって)。本当に数える必要はないけれど視点を変えれば私を取り巻く世界がガラリと一変するじゃないか。
春はあちこちで野鳥の赤ちゃんを見かける。幼鳥は逸れまいと必死で親鳥についていく。私も心機一転「よか人」を焦点にし、よちよち歩いていこう。
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