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【短編小説】つぐみ


あの子と親しくしていたのは、いつも肌寒い季節だったような気がする。


捉えどころのないあの子は、俺のすぐ隣で泣いて笑って怒って悲しんで楽しんでいるかと思えば、少ししたらまたすぐにどこかへ行ってしまう。
それでもまたこの季節が近づいてきたら、彼女は俺の元へと帰ってきて、いろんな気持ちを抱えながら笑顔を向けてくる。


毎日全力で生きていて、色んなことに全力でぶつかっていて、真っ直ぐに生きている彼女の世界で、俺はどんな存在なのだろうか。


去ってゆく彼女を見るたびに、いつも少しだけそんな気持ちがよぎる。


あれから何年も経った今でも、彼女のその真っ直ぐで捉えどころのない生き方は変わっていなかった。むしろ、彼女の持つ独特な世界がさらにアップデートされているようだった。

そんなところにいつも、つい惹かれてしまうのだ。


それにしても、10年もの空白はあまりにも大きすぎた。もう随分と長い付き合いなのに、彼女の発する言葉たちを理解することはなかなか難しかった。



あの頃のような少し肌寒い日の夜、彼女の家の近くのコンビニで俺たちは10年ぶりに再開した。

またご飯でも。
ドキドキしながらそう言ったものの、なかなか予定が合わずに数ヶ月が経ち、とりあえずコンビニで会おうよと彼女が提案してくれた。

とりあえず、暖かい飲み物を二つ買ってみた。
俺ってこんなキャラだっけ…と思いながら、ひんやりとした車の中で彼女を待つ。


しばらくして、小柄な女性がキョロキョロとしながら目を細めて近づいてきた。
さすがに10年ぶりとなるとちょっと緊張していたけれど、相変わらずの可愛らしい素振りを見て平常心を取り戻した。

そんなに間が空いていたことさえ気づかなかったほど、なぜかずっと近くにいるような気がして、不思議と久しぶりな感じが全くしなかった。

「久しぶり!」

子育ての合間を縫って来てくれた彼女は、あの頃と変わらない笑顔を向けてくれた。

俺たちは随分と空いてしまった時間を少しずつ埋めるように、それぞれの様子を伺いながら近況を話して、昔話をして、あっという間の数分を過ごした。

そろそろ行くねと言われるのを回避しようとすればするほど、次の言葉は見つからない。

そんな時、彼女は真剣な顔でこう言った。


「一緒に住まない?
お互いの家族で、一緒に。」


あまりにもぶっ飛んだ思考にどう反応していいか分からず、思わずまた、はぁ?と笑って誤魔化してしまった。

彼女の真剣な発言にこれで誤魔化すのは、もうやめたかった。けれど、本当に思考に追いつくことができない。というか、もう遠の昔にそんなのは諦めていて、なるべく同じ目線で見てあげたいと思ってはいたけれど、さらに遠くの世界に行ってしまった気がした。

このもどかしさに妙な懐かしさを覚え、またあの頃の感覚を思い出した。

この子は、本当に不思議な子だ。


「どういうこと?」

やんわり笑いながら聞いてみた。


「なんか…子育てがしんどくて。」

思っていた返事と全く違う。


「大人4人くらいで1人の子供を育てる、
みたいなのがちょうどいいなぁとふと思って。
でも赤の他人と住むのもなぁ…
あぁ、一緒に住みたい人そもそもいたわ…
ってなって。」

「…すごい発想やね。」

いつも通りうまい言葉が見つからなかったが、この沼から俺はもう一生出ることができないと悟った。


「そんな風に、いつかはフラットにずっと一緒にいれたらなぁって。
…無理か。」

彼女はそう言って、恐れていた言葉を残して去っていった。


ひゅっと冷たい風が顔をかすめる。

信号待ちをする彼女はこちらを振り返ってあの笑顔で手を振っていた。

小さく振り返し、呆然としたまま彼女の姿が見えなくなるまで風に吹かれ続けた。


どうにか、彼女のこの遠い世界と2人の世界が交わり、そしてこの現実で受け入れられる方法はないのだろうか。


そう考えては、俺の凝り固まった頭ではいい答えなんか出るはずもなく、またいつものように笑って誤魔化す日々が続いてしまうのだった。

今度はいつ去っていくのだろうと考えながらも、それでもまたきっと次のこの季節には新しいあの子を感じることができるような気がしている。

そんな、小さな楽しみをまた、心に大事に仕舞って。


fin.




afterward

前回小説のサイドストーリー的な立ち位置で描いてみました。
前回の小説もよければ読んでみてください。


夏から秋にかけて、引き寄せられるようにいつも再開する二人。
それから肌寒い季節、冷たい季節を経て、また少し生きる世界が遠くなってしまう二人。

そんなのを何年も繰り返し、野鳥のようなサイクルでしか一緒にいられないもどかしさと、切なさと。
けれど、それが二人のスタンダードであり、それぞれの人生の楽しみでもある。

いっそのこと、群れとなろうよ。
彼女の発想は、それでもどうにかずっと一緒にいたいと色々と考えを巡らせた結果なのかもしれない。
彼女でさえも現実の人間社会との折り合いをつけることが難しいと知りながら、悪あがきをしたのかもしれない。

そんな想いもまた変わらず感じてしまい、主人公はこれからも途切れることない気持ちを再確認するのでした。



今回の小説は、渡り鳥を象徴としています。
なので主題歌はもうこれ以外出てこなかった。

スピッツのつぐみです。

つぐみは渡り鳥です。
季節はどうなのかなぁ。わかりません。
歌詞はそれほどリンクしてませんが、優しくてクリアな愛を歌う歌。
ちなみにこれは、私の娘の名前をつけるときに聴いていた歌で、"つぐみ"と決断させてくれた曲です。
そんなのもあって、そして前回の物語の主題歌ともリンクさせて、私の中で大切な曲の一つであるこちらに。

この爽やかなメロディーが二人のさっぱりとした関係を物語っているように感じます。けれど、どこか優しい想いで繋がっているような。

前回の主題歌の"夢じゃない"は、とても重く深いイメージでしたが、あえて対比させてみました。彼と彼女の世界線の違いもなんとなく表して。



ということで、また一つ大切な物語が完成しました。読んでいただけると嬉しいです。🕊


***

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