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本日、おでん千秋楽


 よし! おでんだ!

 私は力強く宣言した。
 その日私が、おでんを作ろうと思い立ったのには訳がある。この冬最後の冷え込みになるという天気予報。飲みたいと思っていた日本酒を口開けしたこと。そろそろ自家製めんつゆを作りたいと思っていたこと。以上の3つだ。

 おでんというものは、寒い時に食べたい。北海道民でもないのに、
「しばれるねぇー」
 などと口をついて出てしまう時に食べたい。

「この冬最後の冷え込みになるでしょう」
 そんなニュースが聞こえてくると、もうこれで今シーズンのおでんも終わりだ。などと思い、遠い目をしてしまう。

 子供の頃の私にとって、おでんというのはがっかり献立の一つであった。
給食で出されるおでんには、なぜか人参が入っていたうえ、大根が苦かったし、家で食べても、一体自分は何を食べさせられているんだ…という疑念が尽きず、どう振る舞っていいのかわからない食べ物だった。
 しかし、私は、大人になり、おでんが好きになった。

 お酒を飲むようになったからである。

 しかもここ1年ほどは、日本酒びいきなこともあり、おでんがやたらと美味しい。
 おでんというのは、おかずではない。
 つまみだ。酒の肴だ。
 もし、おでんを出されて、酒を飲むなと言われたら、私はその人の首を「ナンダトォ!」
 
と言って絞め上げてしまうかもしれない。

 善良な市民である私を、危うく殺人に駆り立ててしまうほど、おでんと酒は、決して引き離すことの出来ない密接な関係なのである。

 もし、おでんと酒の結婚を反対するような者がいたら、多くの酒飲みが、その者に石を投げるであろう。

 とはいいながらも、下戸の人が、おでんをおかずにして食べることには大賛成である。呑まなくて済むなんて、素晴らしいことだ。
 下戸の人は、酒を意識せず、料理を楽しめる。下戸であることを残念に思う人もいるようだが、食べ物に純粋になれるし、何より健康的だ。
 下戸も呑兵衛も、寒い日にはおでんであったまる。
 いいではないか、いいではないか。


 とりあえず、めんつゆを作ることにする。
 自家製めんつゆは、鰹節や昆布、いりこ、干し椎茸、梅干しの種を2つほど入れる。醤油、酒、みりんを適当に入れて、15分ほど煮るだけだ。
 砂糖入れないので、みりんが多め。水は一切入れない濃いめんつゆなので、出し殻には調味料がたっぷり染み込んでいる。
 これが勿体ないので、そこに水と、追加の花鰹、長ネギの青いところを入れ、ストレートめんつゆを作るのだが、これが、おでんの出汁に丁度いい。

 おでん種はスーパーで買う普通の種。ここに、鶏の手羽先か手羽元を入れる。少し、鶏の出汁が加わることで、グッと味が良くなる気がする。
 うちは、こんにゃくを多めに入れる。残れば、これだけでも良いつまみになるし、万が一食べきってしまってもカロリーゼロ食材で罪悪感がない。
 個人的に、こんにゃくの一番美味しい食べ方は、おでんにすることだと思っている。

 おでんは必ず、前日に作る。ちょっと煮崩れても気にしないで食べる。自宅のおでんは、おおらかに、楽しく、温まって食べたい。

 私の愛する将棋棋士、木村一基九段は、インターネットの将棋放送で、おでんの具は玉ねぎと大根が好きだとおっしゃっていた。
 聖の青春という映画でも知られる29歳の若さで早逝された将棋棋士、村山聖九段の公式戦最後の対局相手は、当時四段であった木村九段だった。
 終局後、病気療養による休場が決まっていた村山氏から、木村九段は、その日対局があった富岡英作八段と共に、せっかくだからと、食事に誘われたそうだ。
 そこで、村山氏は、病気のために控えていたおでんの玉子を、本当はダメなんだけど…とこぼしつつも、

「俺は最後はもう、好きなもんを食べるんだ!」

 と言って食べていたと、木村九段が当時の思い出を語られていた。
 こういった忘れられない人生のひとコマに、おでんという食べ物は、しみじみと、よく似合う気がする。

 おでんはあたたまる。体があたたまると、自然と気持ちもほぐれる。おでんからもらえるそんな温かさとも、今日でしばらくお別れだ。

 本日、おでん千秋楽。

 またの開催を楽しみに、今夜は多めに熱燗をつけよう。





   

            







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