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私の中の老害

 男の人が顔にそんなの塗りたくってどうすんのかなぁ。

 男性のスキンケア商品の売り上げが好調だというニュースを聞いたとき、私はついそんなことを思い、イカンイカンと首を振った。
 私が情報番組のコメンテーターだったら大炎上である。

 私の中には沢山の老害が眠っている。何かのきっかけでそれがむっくりと起き出したとき、ちょっとした自己嫌悪に陥ってしまう。

 まだ私が十代の頃のことだ。
 新宿の地下街を歩いていたとき、スラリと背の高い女性に声を掛けられた。
「スキンケアに興味ありませんか?」
 どうやらセールスらしい。
 私は基本的に外見にお金や手間をかけない。化粧水もまともにつけないような無精者である。当然のことながら、私は
「興味ないですね」
 と返した。私がキッパリとそう言い切ったので、彼女は一瞬困惑した後、
「なんで、興味無いんですか?」
 あからさまに不機嫌な顔をした。きっと大概の女性は、興味がある、と返事をするのだろう。私が言い淀んでいると、彼女は軽蔑の眼差しを向け、
「信じらんない。女なんだから少しはケアしたほうがいいですよ」
 そう言い捨てて去っていった。

 通りすがりの人にそんなことを言われる筋合いはない。女だからって、あれこれ塗りたくらないといけないなんて、誰が決めたのだろう。女なら化粧の一つもしろだなんて、大きなお世話だ。

 当時の私が、「女なんだからスキンケアをしろ」と言われて憤慨したように、「男のくせにスキンケアなんかするな」と言われたら、きっとあのときの私と同じように、言われたほうは腹が立つだろう。

 こういうふうに物事は形を変え、自分に跳ね返ってくる。スキンケアに興味のある男性を否定することは、スキンケアに興味がない、私自身を否定することでもある。

 沁みついた価値観を書き換えるのは大変なことだ。
 アップデートにはいちいち再起動が必要なように、いちいち立ち止まって考えることには、それなりにエネルギーがいる。

 でも、こうやっていちいち立ち止まって考えていけば、私の中の老害は、少しずつ改心を繰り返し、消えてくれるかもしれない。

 おばあさんになったとき、たくさんの若い人と話ができる自分でいたい。若い人が気負わずに話しかけられるような、面白いおばあさんになりたいと思っている。
 そんな未来のために私は、自分の中に老害を見つけたとき、いちいち立ち止まって考えては、再起動を繰り返している。

 

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