トラベルブルーのその先に
トラベルブルーという言葉があるらしい。
旅に出たいのに出たくない、みたいなやつである。
その気持ちは、何かを変えることに対する抵抗に似ている。
人は慣れきったコンフォートゾーンからなかなか出られないものだ。
変化を拒み、体を一定の状態に保とうとする生体の働き、いわゆるホメオスタシスがそれを強固にサポートするからなおさら。
結局、思考や行動も制限されてしまう。
めんどくさい、楽しめないかも、お金がかかる、
どうせ旅の思い出なんてすぐに忘れてしまう、エトセトラ、エトセトラ。
でも、だって、どうせ、どうせ、どうせ。
そんな言い訳を頭の中で繰り返して、その場に留まろうとする。
その一方で、日常から抜け出したくてしかたない。
何かを変えたいという思いはあるのだ。
まずはコンフォートゾーンから抜け出さねばならない。
どうしたらいいんだろう、と調べてみたら、自分との対話をポジティブにするといいと何かに書いてあった。
結局それかよ、と思ったけど、コロナでひとりでいることがいつにも増して多かったり、将来、孤独死する可能性について漠然と考えたりするうちに、自分の中の自分という存在を意識するようになった。
それは、ひとりなんだけど、ひとりじゃないみたいな感覚をも生む。
結果、他人に接するように、自分にもていねいに接してやるべきなんじゃないか、なんて気持ちが芽生えてきた。
自分に「どうせ」とか、「なにやってもムリ」なんて言葉をかけるって、ひどいかも......という気がしてきた。
脳内で使う言葉に気をつけろ、と言われたことを思い出して、自分にかける言葉が、自分の思考や行動に影響を与えるという仕組みに納得する。
どうせなら、自分の太鼓持ちになってやろうかと思ったが、私のように自虐的なタイプにとって自分をおだてるのは結構ハードルが高い。
なので、2日前から、だいじょうぶ、だいじょうぶ、というところから始めている。
三日坊主は免れたいものである。
そんなわけで、トラベルブルーを乗り越え、私は今石垣島にいる。
不安だったが、思い切ってレンタカーを借りて、島を一周してみた。
男前のお兄さんがやっているカフェでお茶をし、鍾乳洞を抜け、パワースポットの砂浜で波の音を聞き、小さなヤドカリが駆けていくのを目撃し、売店のおばさんと更年期談義に花を咲かせ、モーと鳴く茶色い牛を写真に収め、地元の人においしい焼肉屋を教えてもらった。
何年かぶりでハンドルを握ったけれど、石垣島は運転しやすくて、なんの問題もなかった。
ガソリンをセルフで入れたことなかったけれど、
スタンドの人に聞いたら親切にやり方を教えてくれた。
これでセルフもだいじょうぶ!
今日は「だいじょうぶ」の産物がたくさんあった。
ただ、石垣島はあいにくの雨模様である。
なんでも遠くで台風が発生しているらしい。
残念ながら、青い空と満点の星を見ることは叶わなそうだ。
でも、私の気持ちは晴れやかである。
まずは一歩、コンフォートゾーンから抜け出そう。