見出し画像

出会いは風の音

『アイネクライネナハトムジーク』

春は、出会いの季節。
出会いという言葉で、思い出した小説がある。

伊坂幸太郎さん『アイネクライネナハトムジーク』だ。
日常を生きる人々に起こる、ちいさな奇跡を描いた短編6作品が収録されている。

伊坂幸太郎さんの作品はどれもそうだが、登場人物たちがみんな魅力的でユーモアがあり、愛に溢れている。
この作品は特に、なんでもないような日々を舞台に描かれているので、心配事が何かと多い春の心を癒してくれる。

収録された作品のひとつ、「アイネクライネ」は「出会い」をテーマに書かれた話だ。

この話のなかのあるセリフが、わたしが長年不思議だなと思っていた現象の正体を、素敵な言葉で教えてくれた。

そのセリフを引用する前に、わたしが長年感じていた「不思議」の話をしようと思う。

「はじまり」に関する不思議の話

わたしは、一目惚れというものを経験したことがない。
大抵の場合、友達と呼べるくらい仲良くなって心を開いてからでないと、恋愛感情に発展しない。

それにも関わらず、好きになった相手のことについて、初めて話した瞬間や初めて顔を合わせたときの出来事を鮮明に覚えている、ということが多い。

これから仲良くなるとも、好きになるとも、当然最初には思っていない。
だけど後から、あの時がはじまりだったな、とふと思い出すのだ。

恋愛にかかわらず、友人関係においてもそういうことがある。

高校の部活で出会ったMとは、大学に入ってから本格的に仲良くなった。

高校時代は、Mが1年生の終わりに部活を退部したのと、所属していたコースが違っていてクラスが一緒になることがなかったのとで、トイレで会ったら世間話をする程度の仲だった。
正直いって、微妙な距離感だったのだ。

大学では学部が一緒だったこともあり、わたしから声をかけて一緒にいるようになった。
今までの空白が嘘だったかのように、お互いの価値観がぴたりとはまり、Mとわたしは自他ともに認める仲良しコンビとなった。

今でも、M以上に分かり合える人はいないと、密かに思っている。

Mと仲良くなり始めたころ、そういえば、と思い出した。

高校生のとき、1年生になったばかりのころ、一度だけMと一緒に帰ったことがあった。
人見知りのわたしだったが、感動するほど、Mとは話しやすかった。

Mは、普段わたしが通らない道を教えてくれた。
「ここね、桜の時期に通るとすごいんだよ!ことしはもう散っちゃったね」
Mは無邪気にそう言った。

後々思い返せば、これがMとのファーストコンタクトで、このときからMとわたしは心の奥底の片隅で、ずっと繋がっていたのだと思う。


こんな風に、恋愛においても友人関係においても、そのときその瞬間にはただ流れていってしまった出来事なのに、後になって「そういえばあれが最初だったかもな」と思うことがある。

実際、この「はじまりの感覚」のことをMに話したとき、
「うわあ、いま、K君と初めて話した瞬間の映像が浮かんできたよ。すごい」
と感動してくれた。
K君とは、当時Mが片思いしていた相手で、後に彼氏になる男である。


こんな風にわたしはぼんやりと、この感覚はなんなんだろう、不思議だなあ、と思っていた。

風の音

話がだいぶ逸れてしまったが、伊坂幸太郎さんの作品「アイネクライネ」のことに話を戻そう。

この作品の中で、登場人物たちが「出会いとは何なのか」について語り合う場面がある。

そこで登場人物の友人の奥さんが言ったセリフに、わたしは感銘を受けた。

子供を寝かしつけてた時にね、何か、風の音が聞こえてきたんだよ。
でも後で考えたら、あれってどっかで流れてた音楽なのかなあ、って気がついたんだよね。隣の部屋でCDがかかってたとか。
結局、出会いってそういうものかなあ、って今、思ったんだ。
その時は何だか分からなくて、ただの風かなあ、と思ってたんだけど、後になって、分かるもの。ああ、思えば、あれがそもそもの出会いだったんだなあ、って。


このセリフを読んだ瞬間、わたしの胸にじんわりと共感の熱が広がった。
うわあ、やられた、と天井を仰いだ。
わたしが不思議に思っていたことって、これだったんだと納得した。

わたしが鮮明に覚えていた「はじまりの感覚」は、風の音、「出会いの瞬間」だったのだ。

風の音→素敵な音楽

きっと、出会いの瞬間というのは本当にただの風の音なのだと、わたしは思う。
どこにでもあって、その風が吹いた瞬間には特に気にもとめず、聞き流してしまう。

しかし、ある特定の風の音を、わたしたちは無意識のうちに拾い上げている。
時間を経て、縁があって、その風にからまっていたその人との絆が深まっていく。

そのなかで、風の音はだんだんと形を変えていって、現在からふと振り返ったときに素敵な音楽になっているのではないだろうか。


この小説を読んで以来わたしは、誰かと知り合い、その人を好きになり始めると、
「風が吹いたのはいつだったんだろう」
と考えるようになった。

あの瞬間かな、と思い当たったとき、相手にとってもその瞬間が「風」だったらいいな、と思う。
その風がいつか素敵な音楽になるように、その人とこれからも繋がっていけたらいいな、とも。


これからのわたしの目標は、自分から風を求めていくことだ。

頭の引出しの中に、たくさんの素敵な音楽がつまっていて、誰かとの絆を感じたときに、その人との出会いの音楽が流れてくる。

そういうことが多くなったら、すごく楽しいだろうなと思う。


この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?