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「ちょっと、タケちゃん!これ見た?」
「見ましたよ、のりこ先輩っ!」
社内報を見て鼻息が荒くなった私たち。あ、しがないOLです。

会社のある隣の駅近く、公園の前に素敵なカフェを見つけて以来、私たちは会社帰りに寄るようになった。カフェのギャラリースペースで、タケちゃんが趣味で作っているアクセサリーを週末に展示販売した時は、手伝いにも行ったりした。

「今日は帰りに寄らないとね!」
「もちろんです!」

「いらっしゃい……あら、のりこちゃん、タケちゃん」
「紫乃さん、これ見て!」
「ん?会社がお引越しなの?場所は……」
紫乃さんに社内報を見せて、思わず全員ニッコリする。
「近くじゃない!」

紫乃さんはこのカフェの……経営者なのだろうけれど、なんだか経営者という言葉がしっくりこない人だ。お祖母様の遺したお家に人が集まるようにしたいと、カフェやレンタルスペース、ギャラリーにしたのだそう。

目の前の公園を眺めながら癒された、私みたいな人だっているだろう。
実際、紫乃さんのほんわかした人柄に惹かれて通っている人も多いのではないかと思う。

「お昼休みに、お弁当でも持っていらっしゃいよ」
「ランチも営業してるんでしたっけ?」
「ランチはやってないけど、お弁当を持ち寄ってお喋りできるようにしている日もあるのよ。会社じゃないところでお弁当を食べるのも楽しいじゃない?ランチ営業していなくても、お茶ぐらい出すわよ」
「うわ、楽しみ~。早く引っ越ししないかな」

モチベーション、ってこういう事を言うんじゃないだろうか。残念ながら、仕事で上がったことはなかったけれど、俄然やる気になったもの。

「やあ君たち、遅くまで引越しの準備をありがとう。率先してやってくれているって下山さんから聞いているよ」
「わ、社長!」
下山さんというのは、私たちの課長だ。

「客先からの帰りに、甘い物を買ってきたから食べよう。君たちもちょっと手を休めて食べないか?エネルギー補給しよう」
フロアの逆側にいた男性社員たちにも声をかける社長。課長も戻ってきて、お茶のセットは梱包したかしら?と聞かれて、慌てて段ボールを探す。

来客用の良いお茶なのに紙コップというのは、アンマッチだけれど引越し前だから仕方ない。「甘い物がしみるー」とか「お茶うめー」とか聞こえてくる。

タケちゃんが無邪気に尋ねる。
「社長、今回の移転先はどうやって決めたんですか?」
「老朽化でこのビルを建替えると聞いた時から、この辺の不動産屋にはそれとなく当たってたんだ。そんなに遠くに行くつもりはなかったからね。何カ所か候補が出てきた中で、便利だし、まだ新しいからいいかな、と。何か心配な事、ある?」

「いえいえ、私はむしろ嬉しいですよ。あの辺、大好きで」
うんうん、と私も大きく頷く。
「おー、それなら良かった。引越してモチベーションが下がったら踏んだり蹴ったりだもんな」

「下見には来たけど、実際に什器なんかが入ると違うね」
「ですね~。やっとオフィスらしくなりましたね」
「あれ、お花なんてあったっけ?各フロアにあるのかな。いいね」

電話だけ置かれた無人の受付に、小さなお花が生けてある。
このビルで、私たちの新しい会社生活がスタートだ。


《前作》

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