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雨、蕾に想う

癌になる前からよくしてくれていた先輩から、連絡がきた。
「ちょっと実験してみない?小さな論文を投稿しよう」

実は3年前から別のプロジェクトに誘ってもらっていて、育児が一段落した1年前にイエスの返事をした。癌が発覚したのはその直後だった。
根気強く勧誘し続け、私のキャリアを気にかけてくれた彼の好意を、また無碍にしてしまった。
仕方のないことなのだけれど、申し訳なさはいつまでも拭えなかった。



仕事が好きだった。
バリバリ働く自分が好きだったしそれなりにプライドもあった。

それは子育てによる産休育休、時短勤務で半分くらい失われて、癌になって0になった。
業績を残す同僚を羨み、後輩にも追い越され、もう自分のキャリアを追い求めることはやめようと決めた。
理想で自分を苦しめるくらいなら、諦めた方が楽だった。

なのに、どうして諦めさせてくれないのだろう。
私になんて構わなくてもいいのに。
もう見放せばいいのに。
どうして、私はこんなに周りの人に恵まれているんだろう。


同じ日、SNSである投稿が目に止まった。

「再発や転移をしていない人、今の自分をもう少し信じてあげて。」
再発したAYA世代の癌患者だった。

腰が痛い、おなかが痛い、頭が痛い。あらゆることで再発や転移が頭をよぎり、楽しくいたいと願っても不安は消えてはくれない。
数ヶ月先の予定をいれるのはまだ怖い。
それが、今の自分を、自分の未来を、信じられないからなのだと、妙に納得した。
信じて、裏切られるくらいなら、最初から信じない方がいい。

それでも。
期待してくれるのなら、自分を気にかけて見捨てないでいてくれるのなら、もう少し頑張ってみようか。
癌が再発してもダメージが少ないように、新しいことにチャレンジするのはもうやめようと思っていたけれど、もう一度自分の未来を信じてみようか。

今年の桜は、最近の寒気のせいでまだ蕾が多い。
遅咲きの桜のように、私もゆっくりでいいから前に進もうか。

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