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みらいの人   最終章  全4章   『短編小説』



最終章

 着席し、小一時間程経った。K氏は退屈し、棚に乱雑に積まれた雑誌を眺めながら待った。

「大変お待たせしました。K氏様。K氏様」

 窓口に座る銀行員の女が大きな声を出した。ハッとしたK氏は、読みかけの雑誌を棚へ戻し、窓口へ向かった。

「K氏様、大変お待たせしました。ICチップを読み取りますので、手を出して下さい」

 K氏は手を出した。銀行員はICチップリーダーをかざし、『カウンセラーと相談して決めたいコース』の五万円分の決済を完了させ、紙幣と硬貨を青いキャッシュトレイに置いた。そこには、一万円札を四枚、五千円札を一枚、千円札を四枚、五百円硬貨を一枚・・・と、合計で五万円分あった。K氏は不思議に思いつつも、現金をポケットに入れた。

「ありがとうございます。では、K氏様はあちらの扉へお進み下さい」

 銀行員は丁重に頭を一度下げ、銀行の奥に佇む扉を指差した。

「ちょっと、質問しても構いませんか?」

 K氏は怒りの混じりの疑問を銀行員へぶつけたくなった。

「五万円なら、一万円札を五枚で済む話です。そして、ICチップを読み込んで現金を出すだけなら、払い戻し用紙へ記載する必要もなく、こんなに長く待つ必要もないと思いますよ」

「いえいえ、K氏様。お怒りにならずにお聞き下さい。ボールペンを握る時間、文字を書く時間、銀行で待つ時間、現金を手にする瞬間、いずれも普段とは違ったお気持ちになられたと思います。その時間を提供するために、この銀行は営業しております。K氏様、あちらのお客様達をご覧下さい」銀行員は銀行から出てゆく人たちを指差す。「あちらのお客様方は、銀行の空間を楽しむ目的だけにご来店されるのですよ。K氏様も有意義なお時間を過ごされたことと思います」 

 K氏が抱くモヤモヤは頂点に達しつつあったが、行列に並んだ時と同様に、銀行員の女の意見に同意せざるを得なかった。

 K氏は横柄な態度で歩き、銀行の奥の扉を開けた。すると、ソファ席があり、対面にカウンセラーの女が座っていた。

「いらっしゃいませ、K氏様。どうぞ、お掛け下さい」

 カウンセラーは上品な笑みを浮かべた。K氏はアミューズメントで楽しんでやろうと意気込み、偉そうな面構えで脚を組んで座った。ここまで、多くの時間と大金を既に浪費してしまった。何がなんでも、極上の体験をしたい。果たして、紹介されるアミューズメントはタイムマシンでの未来体験コースだろうか。それとも、アンドロメダ星雲冒険コースだろうか。あれこれと妄想を奏でるK氏の目は、いつしかカウンセラーを凝視していた。

「K氏様、ご来店ありがとうございます。先ずは、簡単な心理テストをしまして、K氏様へぴったりの弊社アミューズメントコースをご提供致します」

「ええ、極上のコースを案内して下さい。ここに辿り着くまで、大変苦労しましたので」

「もちろんでございます」

 K氏は脚を組み替えた。

「では、質問致します。今お持ちの怒りや憎しみを捨て、リラックスしてお応え下さい」

「分かりました」

「散歩中のK氏様は世界一美味しいラーメン屋発見し、ラーメンを食べたくなりました。しかし、そのラーメン屋には長い行列が出来ていました。K氏様はどのような行動をとられますか?」

「そうですね・・・。自宅に帰り、宅配を頼みます。宅配ですと五分もあれば、宅配マシーンが運んで来てくれます。行列に並ぶなんて馬鹿げていますよ。そして、臭いのない涼しい部屋で食べるんです。ラーメンを、更に美味しく頂けると思いますね」

「かしこまりました。では次の問いに移ります」カウンセラーは手元にあるメモ用紙にK氏の意見を記載した。「遭難してしまったK氏様は、世界一美味しい湧き水を発見しました。その水を飲み、活力が漲ったK氏様は、やっとの事で人里迄たどり着き、無事に帰宅することが出来ました。日が経ち、K氏様は遭難中に飲んだ水を再び飲みたいと思いました。どのような行動をとられますか?」

「そうですね・・・。先ず、人間の体内にはGPSは内蔵されていますから、遭難中に記録された足跡を追い、湧き水の場所を探し出します。それからドローンを現地へ飛ばし、水を汲んで来てもらいます。遭難した場所ですから、現地へ行くなんて、危険で馬鹿げています。ドローンを飛ばす方が、安全且つ効率的ですよね」

「お答え頂きありがとうございます。心理テストは以上になります。K氏様にぴったりのコースを選びますので、少々お待ち下さいませ」

 カウンセラーは立ち上がり、部屋の奥にある扉を開けて、中に入った。K氏はこれまでの苦労を咀嚼しつつ、ワクワクしながらカウンセラーを待った。やっと、やっと、待望のアミューズメントへ行くことが出来るのだ。極上の時間が到来するはずだ。


 数分後、カウンセラーが戻ってきた。

「K氏様、こちらへどうぞ」

 カウンセラーに促され、K氏は扉の中に入った。

 K氏の目の前には、雑草が傍若無人に生える荒れ果てた畑が広がっていた。K氏は自分の目を疑った。

「え? どこにアミューズメントがあるのですか?」

「K氏様の目の前にございます」

 カウンセラーは表情を変えずに淡々と話した。

「いえいえ、ここは単なる荒れた畑ですよ。冗談は止めて下さい」

「冗談ではございません」

 K氏は騙されたと思い、怒りが湧いた。

「さては、貴様らは詐欺集団だな。行列を作り、人目を引き、お金をふんだくる会社だ。そもそも、怪しいと思ったんだ。非効率な事ばかりさせ、お金と労力を無駄に消費させるんだからな。こんなことなんて、AIやロボットやらせれば済む話だ。畜生、騙されてしまった」

 K氏は騙された自分が情けなくなった。

「騙すなんて、滅相もございません。弊社は苦労と時間を販売している会社でして、決して詐欺集団ではありません。世界屈指の超一流企業ですよ。ご覧下さいませ。奥の畑にも、その奥の畑にも、更にその奥の畑にも、多くのお客様が汗水を流し、極上の時間を過ごしていらっしゃいます。K氏様も鎌と鍬を持って汗水を流されると、弊社の意義をご理解頂けると思います」

 カウンセラーはK氏に鎌と鍬と野菜の種を渡した。

 モヤモヤするK氏は、鎌を持ちながら野良仕事を始めた。


 終わり


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