超短編小説(夢見の面接)

 昨今ITエンジニアへの未経験転職を目指す若者は多い。夢見信二もその一人だった。
 常に自身がなさそうに俯いている彼は体が小さく、声も小さかった。そんな彼が他者から評価される点といえば真面目さ、それ一つきりしかなかった。
 夢見は何社かよさそうなところに応募書類を送ったが選考はなかなか通らなかった。そこで彼は転職エージェントに相談することにした。するとすぐに数件の求人が送られてきた。その中で特におすすめだと言ってきたのが○○社だった。
 「この求人は夢見さんにぴったりですよ!この会社は夢見さんのような真面目で大人しい方のITエンジニアデビューを最大限応援してくれる会社なんです!はじめに3ヶ月の研修があり、ITエンジニアの知識はバッチリ習得できます!その後は夢見さんにピッタリの客先で常駐して経験を積めますよ!」
 夢見はエージェントの勢いにのまれて応募することにした。客先や常駐という知らない単語が出てきたがITエンジニアとして働けるならなんでもいいと思った。

 「本日は、○○社の一次面接にご参加いただきありがとうございます。夢見さんですね。よろしくお願いいたします。」
 「夢見信二と申します。本日はお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

 「まずは弊社の紹介から少しさせていただきますね。
 弊社は3ヶ月の研修を終えていただいた後、客先に常駐して仕事をしていただく、いわゆるSES事業を中心としている会社になります。
 夢見さんはエンジニア未経験ということですが、弊社の3ヶ月研修はとてもレベルが高く、皆さんとても満足されているのでご安心ください。
 それに夢見さんは大学が高学歴ですから、すぐに習得されると思いますよ。私たちも夢見さんには期待しておりますので是非頑張ってください。」

 それからしばらく面接官からの説明が続いたが、夢見の脳内は覚えてきた自己PRや職務経歴、長所・短所を忘れまいと必死で、面接官の説明の半分も理解していなかった。
 ようやく夢見への質問が始まると、彼は額に汗を浮かべ、小さな声で時々言葉に詰まりながら用意した回答をそのまま答えた。面接官はそんな夢見のぎこちない返答にも優しい表情で相槌を打ちながら聞いてくれた。その姿を見て気が楽になった夢見は徐々に笑顔を見せるようになり、良い雰囲気で時間は進んだ。
 そして、夢見への最後の質問が終わり、彼から○○社への逆質問も終わった後、面接官は口元は微笑のまま眼光のみ鋭くこう言った。

 「では一通り終わりましたね。お疲れ様でした。最後に私から一つお伝えしておきたいのですが、研修を修了した夢見さんを客先に紹介する際、あなたは半年間の実務経験があるものとして紹介させていただきます。心配はいりません、それくらい密度の濃い研修ですからバレませんよ。
 悪いことのように聞こえますがこの業界では他社もよくやっていることです。あまり気になさらないでください。」

選考は進んで最終面接が終わり数日後、○○社から採用通知メールが届いた。夢見は心の底から安心した。
 「よかった…、大卒が嘘だとバレなくて。」




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