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蝉の声が奏でる、私だけの特別な夏。

夏の恋に似つかわしくない程に、灼熱の太陽が降り注ぐお盆の日。蝉が激しく鳴き、汗が頬を伝う。生い茂る木々の緑とかすかに聞こえる風鈴の音を頼りに、人もまばらな寺院を、火照る身体で二人歩いた。

今年の夏は、特別な夏だ。本当の恋をしたあなたと過ごす、初めての夏だから。

雲ひとつない青空が、私たちを包み込む。

「もう少し曇ってくれても良いのにな」

眩しそうに片目を瞑り、滴る汗をぬぐいながら、あなたが呟く。

暑さに耐えきれず、寺院近くにあった喫茶店に駆け込んだ。有名なかき氷が食べたいなんて言っていたけど、そんなのどうでも良い。とにかく、身体を冷やしたい。

抹茶と小豆のかき氷。口に含むと、冷たくて甘い氷水が一瞬で身体に染み渡る。

「おいしー!」

思わず声をあげる私を見つめ、あなたは目を細くして微笑んだ。

少し日が暮れて、涼しい風が吹いた。街灯が優しく照らす川辺を、並んで歩く。さっきまでは暑苦しく聞こえた蝉の声も、川の水音と合わさって、あなたとの夏を彩る奏でのように感じられた。

「やっと手を繋げる気温になったね」

あなたがそっと、わたしの手を取る。まだ手を繋ぐには暑いけどなと思いつつ、照れくさそうにそう呟くあなたの横顔が愛おしくて、いつもより少しだけ強めに、ぎゅっと手を握り返した。 

今年の夏は、特別な夏だ。本当の恋をしたあなたと過ごす、初めての夏だから。


✳︎

コロナ禍で、今年は特別な夏だと言われます。今まで当たり前だと思っていたことが出来なくなり、大変な状況の中で苦しんでいる方も多いと思います。そんな苦しみの中でも、そこにある光に目を向けたくて、このエッセイを書きました。この夏を特別なものにしてくれた、私の素敵な思い出を言葉にして残しておきます。


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