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〖エッセイ〗「感受性。」

私はよく、人から「感受性が強いね。」と、昔から良くも悪くも言われてきた。
自分でも、そう思う。
人の言葉や行動に凄く敏感で傷つきやすい。
相手がだいたい何を考えているのか、顔を見たり文章のくせなどから、分かる。

娘も同じく感受性が強いと言われる。
ある時、娘で云う曾祖母が亡くなった。
当時、娘は2歳くらいだった。
納棺を行って居ると娘がシクシク泣き出した。
私は慌ててあやしていた。

すると、お義母さんからこんな事を言われた。
「普通2歳では、死の意味が分からなくて泣かないよ。この子は死を理解しているか、周りが泣いているのを察している。とても感受性の強い子だよ。育てる時、うんと気をつけなさい。」

確かに言われた通り、娘は感受性が強いと感じる。小さい頃は欲しいものがあっても、今はダメなんだと感じれば絶対にねだらない。
私が泣いていれば、何かを察知してほうっておいてくれて1人で遊んだり。

最近では、鬱病になった私に対して、「ママが弱いんじゃない。世間が強すぎるだけ。だから心配はいらない。」

「ママが好きなように生きたらいい。」とよく言ってくれる。

何かを察知して言動に出すのがうまい。
それは、私も感受性が強いが為によく感じる。

そもそも感受性が強いとはなんなのだろうか。

私は子供の頃から言われてきて、なんだか時々、悪口の様にも感じていた。
「感受性が強いからくよくよして。」とか、
「人が怒られて居ることまでに、気を病む必要なんてない。」などなど…。

私はずっと考えていた。
「感受性が強い」とはなんなのか。

そしてある時、ふと思ったのだ。
「感受性が強いとは、感情に対する記憶力が優れている」ということではないかと。

ひとつひとつの出来事で心に残した感情を常に覚えていて、すぐに引っ張り出して来ることが出来る。

同時にその時の感情、状況、相手の言動なども細かく記憶し、それがまるで、形状記憶のように脳内に記憶される。

私はそう考える事にした。
もう一度言う。
「感受性が強いという事は、感情の記憶力に優れているという事」である。

そう思えば、「感受性が強いね」ということは、尊重すべき個性であると私は思う。

その分、心が弱いと思われたりしがちだが、
反面、誰よりも人の気持ちを読み取り優しいのが、感受性の強い人の特長だと思う。

だから、「感受性」を大切に生きようと前向きに考える、今日この頃である。

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