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このキスに意味はないからな / 第一話【漫画原作部門応募作】


【あらすじ】
 酔っ払った先輩(男)にキスされた須藤理人すどうりひとは、そのせいか?頭痛と吐き気に襲われトイレに駆け込んだ。痛みに悶える須藤の頭には見覚えのある景色が浮かび、幽霊らしき声に「早く……来て」と呼ばれてしまう。どうしてだか焦燥に駆られた須藤は、一人でその場所へと向かうことにした。
 しかし、向かった先で須藤が見つけたのは牧野葵まきのあおいの死体だった。須藤はそこで葵の"最期の願い"を叶えた後、気を失ってしまう。

 ──警察で目を覚ました須藤。その横には加護啓示かごけいじがやる気満々で待ち構え「第一発見者こそが犯人なのだ!」と決めつけてきて……

このキスに意味はないからな / 第一話


「揃いもそろって馬鹿ばっかだな……」

 須藤 理人すどう りひとは座敷の端に陣取り、こうして一人、静かに悪態をつきながらウーロンハイを呑むということが習慣になりつつある。確かこのサークルは“薬草学研究部”とかいう名称だったはず。しかし、おそらくこの中の誰一人として本来の活動目的を実践したことはないだろう。というわけで、ここはいわゆる“飲みサー”というやつだ。実質はただ“飲みサー”活動しかしない薬草学研究部、しかし、愚かにも“薬草学”などという際どいワードを入れてしまったばっかりに、違法又は脱法的なソレを連想した不届き者も参加しているとかいないとか。須藤はそのネーミングセンスでさえ「くだらない」と思いながらも、毎回この会に参加していた。

「やっぱり、ただより美味い酒はないって言うしね」

 須藤の在籍する北見きたみ薬科大学は、医者系一族の“受け皿”として名高いだけあり、金は有り余るが偏差値の足りない生徒で溢れかえっていた。このサークルの面子を見渡してみても、例に漏れずそんな坊ちゃん嬢ちゃんばかりなのだから、今日の参加者全員分の飲み代を賭けたゲームをしても、その程度の罰ゲームは痛くも痒くもないという参加者ばかりだった。そんな学友が皆、勘定も脳みそもザルなのを良いことに、須藤はこの会にしれっと参加してはしれっと会費を払わずに帰るのだった。
 もちろん今日もそのつもりでやってきた須藤は、無銭飲食の最低限のマナーとして、カップリングされていく男女の邪魔をしないよう、座敷の端でこうしてひっそりと悪態をついているのだ。

「ほらあ、遠野とおの先輩もう酔っぱらってるよ」
「ホントだぁ、どうする?今日もシテもらう?」
「くふっ……いっちゃうか」

 須藤の側では露出の多い女たちが何やらコソコソと相談していた。ふと、その視線の先を見やると、そこには人だまりができていて、その中心からは時折「キャー」だの「うふふ」だのといった、女特有の騒ぎ声が聞こえてくる。

「楽しそうで何よりですこと」

 須藤はその催しに我関せずを徹底し、誰かが空けたグラスをせっせと廊下に並べると、誰かが注文したまま、手付かずで忘れ去られている丸ごとレモンサワーに手を伸ばした。

「あーっ!キミが噂のリト君だね?」
「えっ?」

 突然自分の名前が呼ばれ、条件反射でビクッとした須藤の目の前には、先ほど話題になっていた“遠野先輩”の赤ら顔がある。

「せんぱぁい。リトってば、いっつもこうして端っこから動かないんですよ」
「そうそう、ちょっとノリ悪くないですかぁ?」
「ふむふむ。そりゃあ、よくないねえ」
「ですよね、ですよね?」
「だから私たちみたいにぃ、仲良しさんにしてあげてくださいな」
「は?」

 酔っ払いたちのくだらない会話を睨みつけた須藤のことなどお構いなしに、「キャハハ」と「ウフフ」が目前でよろしくやっている。

「そうだね。リト君もちゃんとお仲間にならないと……」

 途端、遠野は何とも慣れた手つきで須藤の顎をクイッと持ち上げると、須藤が抵抗する間もなく、二人の唇は重なり合っていた。驚きのあまりに力の抜けた唇を遠野の舌が割開き、須藤の歯列を撫でるように辿る……

「キャーーー!」

 側に居た女たちが奏でた驚喜の不協和音により、ようやく我に返った須藤は、遠野を無遠慮に突き飛ばし、一目散にその場から逃げた。

 *

「おえー、気持ち悪っ」

 逃げ込んだ男子トイレの鍵を閉め、須藤は唇が真っ赤に膨れ上がるほどそこを擦った。ここまですれば、きっと遠野の成分はもう流れ落ちているだろう。がしかし、言い表しようのない吐き気は一向に引かない。

「まじ、最悪。なんなの?アイツ……」

 男に唇を奪われたという気持ちの悪さに加え、何故が動悸も激しくなっていく。顔を上げた先の鏡の中で、苦悶の表情を浮かべている自分と目が合った。

「……早く……来て」

 その時、苦しむ自分以外の声、それも、必死で助けを求める様な女の声が頭の中に響いた。

「くっ……誰?」

 激しい頭痛に悶絶しながら、須藤はどうにかその頭を動かし、辺りをよく見渡した。でも、その狭い空間には、当たり前だが女の姿などなく、それどころか須藤以外、男も、女も、誰も居ない。

「マジやめてよ」

 心臓が頭の中に移動してきたような激しい頭痛に加え、心霊現象的な悪寒に震えた須藤の意識は朦朧としていた。その時、須藤の脳裏に見覚えのある景色が映る。

「公園?あれは確か、ここに来る途中に通る……」
「早くっ!!」
「は?あそこに……来いってこと?」

 再び聴こえた須藤を呼ぶようなその声は、さっきよりも切羽詰まっている様子だった。須藤は言い知れない焦燥感に襲われる。

「だぁっ!嫌な予感しかしねーけどっ」

 吐き気と頭痛をふり切るようにそう叫んだ須藤は、その居酒屋からほど近い【八王子センター公園】を目指して駆け出していた。
 

「っ、はあ……はあ。くっそ頭痛え。なんで俺、こんなことしてんだろ……?でも確か、この辺りじゃ……」

 須藤は中央に大きな池のある【八王子センター公園】の中を、自分の記憶を頼りに彷徨っていた。
 
「えっ?」

 池の脇に設置されたコンクリート造りのトイレの横を通り過ぎようとした時、須藤は何とも言えない気配を感じて立ち止まる。

「人?倒れて……るのか?」

 その予感めいたものは悪い方向に具現化してしまった。無機質なその建物に近付くと、真四角の建物の陰には違和感しかない肌色がみえる。

「……大丈夫、ですか?」

 そう言いながら、須藤は思わずその人影へと駆け寄ると、そこには、無残にも制服が捲り上げられ、半裸状態の女の子が倒れていた。

「まじ?死んでる?」

 それをみた須藤は一瞬戸惑ったあと、その生死を確かめるためにその女の子にそっと触れてみる。

「そうだ。警察っ!!」

 彼女はすでに脈もなく、もう冷たくなっていた。それを確認した須藤は、警察に通報するために慌ててポケットからスマホを取り出そうとした。その時、須藤は再び激しい頭痛に襲われてうずくまる。

「お願い、隠して」
「……えっ?」

 よりはっきりと聞こえたその声に驚き、須藤は激しく痛む頭を押さえながらも思わずキョロキョロと辺りを見渡す。

「早く!服を……着せて……お願い」

 その声はあまりにも必死で悲痛な叫びだった。須藤は目の前に倒れている彼女をじっと見つめると、徐にその場にしゃがみ手を合わせる。そして彼女の制服をそっと直した。

「間に合わなくて、ごめん」

 何故かそんな言葉が口を吐いて出ると、須藤はそのまま意識を失った。
 

 
「っん?ここは……?」

 須藤が目を覚ますと、視界には白いカーテンだけが映る。

「やっと目が覚めたか?」

 聞き覚えの無いその声に思わず跳ね起きた須藤の横には、見知らぬ男が座っていた。
 
「目を覚ましたばかりのところすまないが、スドウリヒト君で間違いないな?俺は警視庁の加護 啓示かご けいじだ」
「警察?そうか。俺、あのまま倒れて……?」
「調子はどうだ?話しはできそうか?」
「あ、すいません。もう大丈夫です」
「よし。じゃあ行くぞ」
「行くぞって……ああ、事情聴取的なやつ、か?」

 あれからどのくらいの時間が経っているのかはわからなかったが、意識のはっきりしてきた須藤の脳裏に、あの女の子の姿が過る。

──カチャッ

 その時、冷たい何かが須藤の手首に触れる感触がする。それと共に金属音が静かなその部屋に響いた。

「えっ……何で?」
「しらばっくれるなよ?あの状況じゃ須藤、どう考えてもお前が犯人に決まってる。ほら、取り調べだ……覚悟しとけよ?」

 手錠をかけられたことに驚きを隠せない須藤をよそに、加護はその語気を強めて須藤をベッドから無理やり立たせた。
 

 
 半ば無理やり取調室に連れて来られた須藤は、用意された椅子に深く腰掛け、横柄な態度を隠さずに座っている。一方、落ち着きがなく入り口の側でウロウロしている加護は、しきりに時計と廊下を確認していた。

「まじで、俺は何もしてないっすから」

 イラつきを含んだ須藤の声に一瞬ビクッとなった加護は、下唇を噛みしめながら取調室のドアを開けたり閉めたりしながら、時折り天を仰ぎ、何かに祈るように胸の前で手を組んでいた。

「だいたい、警察がちゃんと調べてくれてるんなら、俺が犯人じゃないこと位すぐにわかるんだった。あーあ、焦って損したわ」
「おっ、お前。そんな横柄な態度も今のうちなんだからな!ほら、第一発見者ってのはなあ、大抵……犯人って決まってるんだ!」
「っはぁ?バカなの?証拠は?それにもし俺が犯人だったら、何としても現場から逃げるけどね?」
「お前……バカって言ったな?くそっ……まあいい。もうすぐ検死結果も出るころだろうし、お前が犯人だと確定したなら、本当の取り調べはこんなもんじゃ済まされないからな」
「え?検死?ってことは、やっぱあの子死んじゃってたんだ」

 彼女の死が確定してしまったことを知った須藤の表情が曇る。

「おっ、やっとか」

 取調室へと近づいてきた警官に気付いた加護は少し飛び跳ね、その警官へと駆け寄った。しかし、その警官から何かを耳打ちされた加護の顔色はみるみるうちに土気色に変わる。そして、警官が須藤に向かって深々とお辞儀をして部屋を出て行ってしまうと、魂を半分抜かれてしまったような様子の加護は、須藤の向かいの椅子に崩れる。

「あのー、だな……」
「ほらね?俺、犯人じゃなかっただろ?」

 加護のその様子から全てを察した須藤は、それまでよりも更に強気で加護を責める。

「あぁ、そのようだな。まぁ、あれだな……ここは一つ気を取り直して」
「はあ?」

 自らの失態を棚に上げ上手く話を逸らせたと思った加護は、咳ばらいを一つすると、それまでとは比べ物にならない程の穏やかな声で「それでは昨夜の状況をお聞かせ願えますか?」と須藤に訊ねた。

「はぁ……本物のバカなの?あのさあ、こんな風に犯人扱いされたら、普通、訴訟もんだかんね?」
 

 
「あーあ。丸一日以上意識が無かっただなんて、まず俺のカラダが大丈夫なのかよ?それに、加護刑事もその間ずっと俺の側に居たってことでしょ?ホント、警察暇か?」

 警察からやっと解放された須藤は、加護に連れられてファミレスへとやってきた。片ヒジをテーブルにつきながらポテトをつまむ須藤の向かいに座った加護は、嘘くさい笑みを浮かべている。

「まぁまぁ、ここは奢ってやるって言ってるんだから、もっと好きな物いっぱい頼むがいい」
「ん?何か、いちいち言い方がムカつくんだよなぁ……」
「お待たせ致しました。ビーフシチューオムライスのお客様?」
「はーい」

 頼んでいたビーフシチューオムライスがくると、加護はピンと腕を伸ばし、お手本のような挙手をした。さらに加護は、その喜びを全身で表しているかのように、椅子の上でぴょこぴょこと小刻みに身体が跳ねている。

「はーい!じゃねーよ。恥ずかしいなあ。それに、何?加護啓示刑事って……言いにくい上に絶妙に面白くないし。あとさ、これ、警視庁捜査特別課“特別案内係”って、なに?」

 加護の真似をしながら、須藤は呆れた様子で加護に渡された名刺をいじっている。そんな風にディスられたうえ、名刺の中身、つまりは自分自身のことをいじられていることにも気が付かない加護はというと、ハフハフと美味しそうにオムライスを頬張っていた。

「ねぇ、聞いてる?」
「もちろん。だけども俺はなぁ、須藤。子供の頃からこのファミレスに来たら、このオムライスを食べるって決めてるんだよ!それに熱々が一番美味しいんだからな、ちょっと待ってろ!」

 加護は一息でそう言うと、再びオムライスに集中した。

「うざっ……」
「お前、目上の俺に向かってその口のきき方はなんだ?まったく、どんな教育を受けたんだか?」

 あっという間にオムライスを食べ終えた加護は、紙ナプキンで丁寧に口の周りを拭くと、悪態をつく須藤をそう窘める。

「まあ、その点俺は立派な警察一家でな、その上、一家皆で敬虔なクリスチャンだ。だから、俺の名前も“神の啓示”と“刑事”をかけて名付けられているのだよ」
「はっ?何それ?あー、家族全員バカなの?」
「くっお前は……さっきから、人のことをバカにし過ぎだぞ?」

 須藤が加護を馬鹿にしていることにようやく気付いた加護は少し不服そうにそう言うと、隙を見て須藤の目の前にあるポテトをつまんだ。

「それに、言わせてもらうけどな……俺はまだお前を」

 加護は思わせぶりにそこまで言うと、もう一本ポテトをくすねようとする。
 それに気付いた須藤は、加護の手をぴしゃりと叩いてはね退けた。

「んんっ……まあな、隠したってしょうがない。実は俺はまだ、お前があの事件にかかわっていると踏んでいる!」
「いや、そこは隠しとけよ」

 加護の発言があまりにもお粗末すぎて、須藤は加護を馬鹿にすることさえ諦める。

「お前、本当にたまたま通りかかったのか?あんな時間に?ほら、何か隠してるんだろう?俺の刑事の勘をなめるなよ?」

 しかし須藤が黙ったことを好機と捉えた加護は、ドヤ顔で刑事の勘を語り始めた。それにイラつきを隠せない須藤は、特大の舌打ちを鳴らしてから身を乗り出した。

「は?ホントたまたまだよ……ってか、俺も信じらんねーってのに、バカに理解できるワケねーし」
「だから、バカバカ言うな!俺は、お前でも知っている大学に幼稚舎から通い、尚且つほぼずっと学年主席だったんだからな!」
「なるほど。お勉強はできるのにバカなんだな?……ああ、そうか。警察一家って言ってたし、警察もコネで入ったのか」
「っ……まぁもう、こんなことを俺たちが言い争った所でらちが明かんからな、とりあえず俺への無礼は許してやろう」
「まじで?今でも警察ってコネで入れちゃうんだ……やば」
「はあ、お前には何を言っても無駄のようだな。まあ何にせよ、お前が何かを隠していることはすでにお見通しだ。何て言ったって俺は立派な警察官になる為に、本も沢山読んだしな」
「なあ……今それ関係ある?全く意味が分からねえっつの」
「なんだ?お前も大概なんじゃないか?そのままの意味だよ。何を隠そうこの俺は、コナンも金田一も全巻読んだし、ハリー・ポッターに至っては映画を全部観た上で原作も読んだんだからな!どうだ?人並み外れた読書量だろ?」
「ハリーって……あぁ、ホント馬鹿丸出し。こんなのが刑事だなんて、日本終わったわ」
「なんだと?あっ、そうか?自分の犯した罪がバレそうになって焦っているんだな?ほら、さっさと全部吐け。楽になるぞ?」
「マジうざ。おめえもしかして……そのセリフを言ってみたかっただけじゃね?」

 須藤はそこまで言うと、何かを思い出したように黙りこくってしまう。そのおかげで、須藤の隙をついた加護はポテトを二本くすねることに成功した。

「あのさ……俺もよくわかんねぇんだけど……」

 急に話し始めた須藤の声に焦った加護は、まだ口の中に残っていた二本目のポテトに噎せ返り、慌てて須藤の飲みかけの水を一気に飲んだ。

「聴こえちゃったんだよ……」

 須藤はそんな加護にツッコミさえ入れず、その場面を思い出しながらぽつぽつと語り始めた。

「あの日の夜、飲み会をしてた居酒屋のトイレでいきなり吐きそうなくらい頭が痛くなって……そしたら、周りには誰もいないのに声がして……確か、俺を呼ぶみたいに『早く来て』って。しかも頭の中で勝手に八王子センター公園の映像が、こう、断片的に浮かんで……」
「で、思い当たる場所を探していたら、死体を発見したと?」
「そうだよ、そうだ。あっ、そうだ。彼女を見つけてすぐに脈を確認したけど、もう脈もなかったし、少し……冷たくなってた。だから俺、警察に通報しようと思って……そしたらまた激しい頭痛がして……また、聴こえたんだよ。可哀想に……彼女は『服を着せて』って、それは悲痛な声でさ。そんなん言われて直さないわけないでしょ?それで、そのまま俺も倒れちゃったっぽい」
「そ……それは、まままま、まさか、死体の声が聴こえた……ってことか?」
「そう言われれば、まあ、きっとそうだろうな?」
「そそそその、あの、よくあるのか?あの、なんだ……しっ、心霊体験的な?」
「俺に霊感があるかってコト?それなら全くないけど」
「そう……かなあ?急に霊感が発症してとか?それだとしても……あっ!お前、他に思い当たることは無いのか?そう、例えばその飲み会で変な物を食べたとか……?」

 怖い話やオバケの類が苦手な加護は、須藤の心霊体験をどうしても幻覚だと思い込みたかった。しかし須藤はというと、あの日聴こえた声は倒れていた彼女のものだと確信している様子だ。つまり、あの時須藤に聴こえた声は、すでに死んでしまった彼女の声だということ。そして須藤は自分の唇を擦りながら、できれば思い出したくもないあの事実を思い出していた……

「どうした?何か思い出したのか?」
「あー……でも、あんなのが関係あるわけねーよ。うん。やっぱ偶然だって……そうだ、何かたまたま繋がった?とかだろ?うん。そうに決まってる……あーうざ。なあ、もう良いだろ?俺は全部正直に話したんだから……もう、帰るっ」

 ブツブツと呟いていた須藤は気を取り直したように自分の鞄をサッとつかんで立ち上がった。

「待てよ。お前ここまで関わっておいて……しかもその…被害者の幽、霊…とも。それなのに、犯人を捕まえたいとか思わんのか?」
「はあ?警察でもなんでもない俺が、犯人を捕まえたいとか思うわけないし……まぁ、もちろん犯人は許せねえけど……」
「よしっ、決まりだな。こうなったら……俺とお前で真犯人を見つけるんだっ!」

 帰ろうとした須藤を必死で引き留めながら、加護が声高らかにそう言い放つ。

「ほんとバカ。どこをどうしたらそうなるんだよ?」

 そんな加護を蔑むような目で見つめた須藤は、加護のアホさ加減がいよいよ可哀相になってきてたのだが、ひとりで張り切り始めた加護は、何かに憧れるように天を仰いだまま演説を続ける。

「こういう出会いで組んだ奴らがさ、良くぱぱーって事件を解決したりすんだろ?それが定番ってやつなんだよ。刑事ものの醍醐味って言っても過言じゃないな、うん。あのなあ、俺は……ずっと、ずっと……あれが、やってみたかったんだ!!」

 加護はついに両手を大きく横に開き、舞台俳優ばりの声を辺りに響かせた。当たり前だが店内の視線が一気に加護に集まる。加護はそんなことを全く気にしていないのだが、須藤はすごむように「座れ」と言いながら加護の頭をグイっと席に押しこんだ。

「あのさあ、なんで警察でも何でもねぇ俺が、よりにもよってテメーみたいなバカと犯人を探さなきゃいけねーの?もう、いい加減にしろっ!」

 それ以上話していたくもないとばかりに再び立ち上がろうとした須藤だったが、その瞬間、急に神妙な面持ちになった加護の表情に、背筋がゾワリとして思わずその動きが止まる。

「そうか。ダメ、か……ああ、困ったな。実はお前が死体を発見した時……犯人がまだ近くに居た可能性があると警察はみていたんだ。だから、護衛も兼ねて俺はお前と一緒に今まで行動を共にしていたんだが……そうか。まぁ、ダメならしょうがない。俺はこのまま捜査に戻ることになるだろうからもう一緒には居られない。もしかしたら今も側で俺たちのことを観察してるかもしれないから、俺が離れた瞬間……まあ、背後には気を付けろよ?」
「気を付け……って……」
「うーん、まあ平たく言えば口封じ、とか……だな。こればっかりはドラマの中だけじゃなくて、意外と現実にもあったしなあ。俺も実際に警察に入ってみて驚いたよ。あれが正しく、事実は小説より奇なりってやつ……」

 加護のその物言いにハッとした須藤は、青ざめた顔を誤魔化すように手に持っていた鞄をドスンと席に投げ、ソファー席の奥にドカっと座りなおした。

「じゃあ決まりだな?これからよろしく、俺の相棒っ!」
「……ホントにバカ。ってかふざけてねーで俺の事ちゃんと護れよ?」


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#創作大賞2023 #漫画原作部門


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