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このキスに意味はないからな /// 第三話【漫画原作部門応募作】

このキスに意味はないからな / 第三話


 加護の叫び声が遠き、静寂が漂う。須藤が気が付くとそこは、白い靄のかかった空間だった。

「ここは……?」

 次第に意識がハッキリとしてきた焦点が定まると、そこが、壁も床も、全てが真っ白な室内であることがわかる。

「あっ!いらっしゃい」

 まるで須藤を待っていたかのようなその声は、須藤にとって忘れられないあの声によく似ている気がした。須藤はその声の主を確認するため、辺りに漂う靄を手でかき分けるようにして進む。

「キミは……?」

 部屋の真ん中に置かれた真っ白いソファーには女の子が一人で座っていた。

「ふふっ、私のこと見つけてくれたお兄さんだよね?」
「やっぱりその声、あの時の……え、やば。ってことは、俺死んだの?」
「だいじょーぶ!……だと思うよ?」
「え?」
「んっとね、実は私にもよくわかんないんだ。私も気が付いたらここに居たし、しかも私って、もう死んじゃったみたいだし」
「ってことはやっぱ、俺も死んじゃったんじゃないの?」
「知らないよ。私だって死ぬの初めてだし。私に訊かれてもわかんない。けどさ、なんか感覚的には、お兄さんは生きてる気がする!」

 彼女は思い出したようにくすくすと笑いながら「いくらなんでも、ちゅーしただけじゃ死なないでしょ?」と言って首を傾げた。

「あれ、見てたの?最悪……っ、でも俺は、キミのために!」
「ごめんごめん。そうだ、自己紹介もまだだったよね?私牧野 葵まきの あおいだからさ、キミじゃなくて葵って呼んでよ。まあ、もう死んじゃってるけど」
「あ、うん。わかった……俺は須藤 理人すどう りひと。キミ……じゃなくて、葵の第一発見者です。その節は、なんかゴメン」
「いえいえ、こちらこそ……」

 その状況が非現実的なのにもかかわらず、二人は初対面らしく、向き合ってペコペコと頭を下げ合った。その状況に、思わず須藤が吹き出すと、葵はもう死んでしまっているとは思えない程の満面の笑みを浮かべた。

「なんか、葵って普通の子なんだね」
「そだよ。悪い?」
「いや、あの時は悲惨だったか……あっ、また。ごめん」
「全然良いよ。だって当たり前じゃん?私あの時死にたてホヤホヤだったわけだし、そりゃあ悲惨としか言いようがないでしょ?」
「……ホヤホヤって」
「そうだ!せっかくだしさ、これ見てって欲しい」

 何か閃いた様子の葵は、須藤の袖を引っ張りながら、ソファーに座るように促した。「葵がすでに死んでいる」ということを認識している須藤は、思わず掴まれた袖を凝視している。葵は「須藤はまだ死んでいない」と予想していたけれど、幽霊的な存在の葵と触れ合う事ができるということは、やはり自分も……

「あのさ、私のこと知って欲しいの。これも何かの縁だしさ?」

 とはいえ、戻り方もわからない以上、もうどうしようもない。

「まあ、ここまで来たら……ってか俺も、葵のこと、知りたいよ」
「お兄さんは……あっ名前で呼んでも良い?」
「ははっ。なんで時たま律儀なの?いーよ。リトって呼んで?仲良い奴らからはそう呼ばれてるし」
「ありがとうっ!リト!いいね。あっ、リトは死んでから初めてできた友達だ!ってかさ、リトはこういうの怖くないの?」
「こういうのって?」
「オバケとか、心霊的な?もしかして、霊感あったりする?そうだよね……あの時だって呼んだらすぐに駆けつけてくれたし。今もなんかすでに馴染んでるし」
「霊感……は、ないと思う。今までだって幽霊とか、一度もみたこと無いし……でも、まぁ存在は信じてる。それに、幽霊?心霊現象にも恐怖は感じないな」
「なんで?オバケって怖くない?」
「生きてる奴の方がよっぽどコワイって知ってるから」
「そっか……でも確かに!私も今回死んでみてそれはちょっと痛感したな……」

 そう言った葵の顔を、須藤は思わず真っ直ぐに見つめ返した。

「ちょっと、そんな顔しないでよ……あっ、でもでも、来てくれたのがリトでホント良かった!話しやすいし、カッコイーし。モテるでしょ?」
「まあね。ってかさ、犯人……覚えてる?」
「やだなあ、リトってば焦り過ぎ。犯人だけを知りたいの?まだ私のこと何にも知らないくせに?」
「そういうわけじゃ……」
「もう……まあいいや。あっ、どの辺から見たい?」

  葵はそう言いながらソファーの脇に手を突っ込み、タブレットPCの様なものを取り出すと、現実でのそれと同じ様に扱う。

「え?それどこから?」

 驚いた須藤は思わず身を乗り出し、葵の手元を覗き込んだ。

「これねー、私の人生見れるやつらしい。ほら、これとか赤ちゃんの頃……」

 葵はそのタブレットの中の、動画フォルダのようなアイコンの一つを指差した。

「へー、可愛い。ってか流石JK!こういうの、何でもすぐに使いこなしちゃうんだな」
「リト、その言い方おじさんぽいから……まあ、楽勝だったよ。スマホと同じ。それに、一人でめっちゃ暇だったしね。とりま、この辺りからかなっと……」

 葵はそのまま慣れた手つきで画面をスライドする。そして、その中の一つのアイコンをタッチすると、動画の再生が始まった。映画やドラマの様な視点で撮られたそこには、葵と男子学生の姿があった。

「ここね、私の通ってた学校。ちなみに、生きてた頃の私も結構モテたから!この時も、告られてたんだけどね……」

 映像の中の二人はお互いやや俯きがちに佇み、少しのあいだ沈黙が流れていた。
 その沈黙に耐えられなくなった様子の映像の中の葵は、大きく息を吸い込んだ後で口火を切る。

「ごめんね。私、好きな人いるの」

 葵がそう告白の返事をすると、それまで俯いていた男子学生は、「好きな人って、誰ですか?」と勢いよく詰め寄る。その表情を窺うことはできなかったが、驚いた葵は後ずさりをし、少し怯えているようだった。

「ごめん。言えない……」
「本当は、好きな人なんていないんじゃないですか?僕が年下だからダメなんですか?」
しゅん君、違うよ……ごめんね。私に好きな人がいるのは本当だし、俊君の気持ちは嬉しかったよ。でも、私の好きな人が誰なのかは、教えられない……」
「その人と、もう付き合ってるんですか?」
「ううん。私の片思い」
「……わかりました」

 葵ににじり寄っていた男子学生は納得したのか、そのまま踵を返して去った。去り際に映ったその姿は、葵よりもだいぶ幼く見える。
 葵の人生を観られるというその動画は、エピソード毎に区切られているようで、間もなく自動的に停止した。

「あっ。今のが犯人ね」
「え?」

 葵はタブレットを指差して、あっけらかんんとそう言った。何の前触れもない衝撃に、須藤は驚きを隠せない。

「この時に告ってきた後輩。多分この時振ったから、襲われたんだと思う」
「ちょ、え……?」
「あー、ちょい待ち。何か言いたいのはわかるけど、まだ見せたいのあるから!後で聞くね!」

 そう言って先手を取った葵に気圧された須藤は、頭の中で溢れかえりそうな質問を飲み込んだ。

「次は、これ……か?」

 葵はタブレットの中に並んだアイコンの中からお目当ての動画を探し出すと、すぐに再生ボタンをタッチする。

「次はね、さっきと違って……けっこうキュンとするから期待してて!」

 嬉しそうな様子の葵は、少し照れたように笑っている。その笑顔は、さっきまでの彼女の印象よりもあどけなく、可愛らしい。
 そこは、教科準備室の様な雰囲気の部屋だった。白衣姿の男性と一緒に居る葵は、側にあった地球儀をいじりながら、その男性を見つめている。

「こんな所に居てもつまらないでしょう?」
「全然楽しいよ!……ほら、地球儀なんて、ここでしか見ないし?」
「牧野さんはもう自由登校なのに、手伝ってもらってすいません。ここも粗方片付きましたから、もう大丈夫ですよ。助かりました。いつも、ありがとうございます」
「またそうやって追い返そうとする……もう後は卒業式だけだし、卒業したら学校に来ることもなくなっちゃうんだから、なるべく学校に残っていたいの!」
「そんなに好きでいてくれたんですね。でも、卒業前なんだから、お友達と過ごした方が良いのでは?」
「思い出って……小学校の卒業じゃないんだから!それに、先生知らないの?卒業前の女子高生って、みんな親に言えないような思い出作りしてるんだよ?先生、私もそういうのしていーんだ?」
「ふふっ……何を言ってるんですか。牧野さんはそんな事しないでしょ?」
「……先生がもう帰れって言うなら、してくる!」
「それは困りましたね。じゃあ、あと少しだけ……」
「先生ってさ、押しに弱すぎ。私が卒業した後が心配だなあ……そうだ、あの約束忘れてないよね?」
「約束って、卒業式の後のことですよね?もちろん覚えていますから、ここで待っているつもりですけど、牧野さんの気が変わったら反故して遊びに行っていいですよ」
「もうっ、人の気も知らないで……」

  葵がそう小さく呟いたところで、動画の一時停止ボタンが押された。

「これ、藤崎先生ね。私の好きな人。社会科の先生なのに、いっつも白衣を着てるんだ。んで、ここは社会科準備室で、ここに行けば先生に会えるから、ほぼ毎日こうやって手伝いに行ってたんだけど……じゃなくて、ねえ、リトはどう思う?」
「は?どうって?」
「だから!……私たちの雰囲気見てさ、どう思う?これ、先生、私のこと満更でもなさそうじゃない?」
「そういうこと?うーん。葵が先生のこと好きなのは十分見て取れたけど……ってかさ、これ、優先的に俺に見せるやつなの?もっとさあ、こう、事件に関係あるやつとか……」

「いやいや。これが一番重要だから!先生に告白しようと思ってること、今まで誰にも言えなかったし。リトなら経験も豊富そうだし、それに、私にとってこれが……最初で最後の恋愛相談なの!」


→→→続く。

#創作大賞2023


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