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なぜ登山道整備の事業化を考えたのか【その2】

前回は登山道整備のきっかけについて書きました。
もともと無関心だったことが、当事者になったことで意識が変わりました。やはり何事も「自分ごと」とならない限りは主体性を持った行動ができないものだと思います。

Xに前回の投稿の反応があり、まさにこの方がおっしゃっていることが的を得ていると思います。

まさに官と民の役割分担なのだと思います。
行政担当者にも当事者意識を持っている方はたくさんいらっしゃいます。しかし日々の業務が多岐に渡り忙しすぎるため、行動に移せる余裕のある方は本当に稀です。
この点は民も同じです。問題意識を持っている方は多いと思いますが、そこから自分の時間とお金とエネルギーを使って行動に移せる人は稀です。
登山道整備は官民連携でなければ進みません。官であれ民であれ、役割分担を「作る」ことから、主体性を持って取り組めるが必要なのだと思います。

2019年10月の台風19号がきっかけとなって、一気にスイッチが入りました。2020年1月に北杜市とTHE NORTH FACEが包括連携協定を締結し、マウンテンタクシーの運行だけでなく、登山道整備でも手を携えてやっていこうということになりました。しかしそう上手くは物事は進みません。2020年3月頃から新型コロナウイルスのパンデミックの発生。新しいことに取り組む精神的な余裕はなくなり、計画していたものが一旦ストップしてしまいました。


○登山道の課題

ここで、私たち(一般社団法人北杜山守隊)が考える登山道の課題について、ワークショップで使用している資料を使いながら説明したいと思います。

登山道の課題①

登山道の大きな課題は、利用過多ではなく保全が少なすぎることにあります。もちろんオーバーツーリズムによる影響は否定しませんが、それよりも問題は、登山道を保全していく量が圧倒的に少なすぎることにあります。行政にしても民間にしても、これまでは「利用者を増やす」という文脈で施策されたり事業化されたりしてきましたが、これからは「利用を増やすのであれば、それと同等の保全を担保する」考え方が必要になってきます。

ではなぜ近年になって一気に問題が表面化してきたのか。
それは日本の社会構造の変化が大きく影響していると考えています。

登山道の課題②

かつて日本の山の多くは、「生活のため」あるいは「信仰のため」に利用されていました。
材木を切り出す、狩猟採集を行うなど、山は里の暮らしに密着しているものでした。皆さんも自分の通勤通学の道は歩きやすい道を選ぶと思いますが、同じように昔の人も歩きやすい道を維持していたと思います。

ここに新しい文化が入ってきました。
日本が江戸末期に開国し、外国人(主にヨーロッパ人)が日本に駐留するようになって伝わった新しい文化があります。それがアルピニズムです。

狩猟や信仰目的ではない、山に登ることそのものを目的とする遊びやスポーツとしての登山という考え方が入ってきました。
最初は限られた裕福な人たちの遊びでしたが、やがて一般市民にまで浸透していくことになります。そこで結成されてきたのが山に登るためのコミュニティ、いわゆる「山岳会」です。

1905年に日本山岳会が発足して以来、日本には様々な山岳会が誕生しました。やがて山岳会の結成は日本の隅々にまで広がり、北杜市でも旧町村全てにそれぞれの山岳会があったほどです。人口が増え続けていた時代なので、地方の山岳会といってもそれなりの会員を抱え、活動は非常に活発でした。

弊社で管理をさせていただいている甲斐駒ヶ岳七丈小屋も、かつては白州町にあった地元の山岳会である「菅原山岳会」が建てたものです。

現在は七丈小屋の第二テント場にあった最初の小屋。大正5年から小屋があった。
七丈小屋第一テント場にあった小屋
いまの第一小屋の場所にあった最初の小屋

黒戸尾根や甲斐駒ヶ岳周辺のルート整備も、彼らによってなされました。旧白州町からも、少なくない予算が投じられていたと聞いたこともあります。
しかし時代とともに山岳会の構成員が高齢化、誰も山に入ることができなくなってしまいました。その結果、登山道が整備されない、いわゆる「放置」の状態になってしまいました。この状態がかなり長期間に渡って続いたことから、荒廃具合がさらに悪化してしまっている状況です。

歩きにくくなると、登山者の不満はほぼ行政に届きます。
「登山道が歩きにくいから何とかしろ」いまでも頻繁に届いています。
しかし地方行政の財政は、どこも危機的な状況です。
高齢化が進むということは、介護・福祉・医療にかかる費用はどんどん大きくなってきます。その他、教育などの優先順位に比べると、どうしても登山道整備のための予算捻出の優先順位は低くなってしまいます。

○相対的に少ないカネとヒト

国立公園の管理においても、諸外国と比べて大きな差があります。

国立公園の管理体制①
国立公園の管理体制②

これらのデータでも分かるように、日本の国立公園には多くの来訪者数がありますが、投じられている予算も人も限りなく小さいことが分かります。

最新のデータでも、管理職員一人あたりの管理面積は、
日本 6063ha/人
アメリカ 954ha/人
韓国 738ha/人

圧倒的に人が足りていません。

しかしアメリカのすごいところは、約2万人の職員に対して、14万人のボランティアが関わっていることです。実は行政任せではないんですよね。
ただこのあたりは、あとで深掘りしていきたいと思います。

予算に関しても最新のデータでは、アメリカでは2023年度予算から2億6,630万ドル増の32億ドル(4467億5360万円)の予算が組まれています。円安の影響もありますが、
国民一人当たり、年間1334円を負担していることになります。これに対して日本はたった80円です。

一方でアメリカの国立公園と日本の国立公園とでは、構造的に大きな違いがあります。これはとても大きな要因となっています。

具体的にはアメリカの国立公園は営造物型自然公園といって、土地の権限を公園管理者(つまり国や地方公共団体)が有し、公園専用用地として利用できることが特徴です。そのため、入園料の徴収などもしやすくなります。

一方で日本の国立公園は地域性自然公園となっていて、土地所有の有無にかかわらず、公園管理者が区域を定めて指定し、公用制限を実施しています。つまりゾーニングしているだけなのですが、広大な面積に影響を及ぼすことも可能です。

もちろんこのような構造的な違いにはそれぞれメリット・デメリットが存在しますが、日本は日本なりの管理方法を模索しなければなりません。しかしいままで日本の登山道を支えてくれた「地域の人」は、限りなく少なくなっています。今から仕組みを根本的に見直していく必要があります。

○自然公園法第三条

日本の自然公園法第三条には、素晴らしい条文があります。

第三条
国、地方公共団体、事業者及び自然公園の利用者は、環境基本法(平成五年法律第九十一号)第三条から第五条までに定める環境の保全についての基本理念にのつとり、優れた自然の風景地の保護とその適正な利用が図られるように、それぞれの立場において努めなければならない。

つまり、「みんなで守っていきましょう」という考え方です。
じつはこの条文の存在を知ったのはつい最近なのですが、北杜山守隊で実現したいビジョンそのままだったので驚きました。

北杜山守隊のビジョン

長くなってしまったので今日はここまでとします。
次回は設立のお話をさせてください。
最後までお付き合いありがとうございました。

続きもご期待ください!

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