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浜松城の刀剣

2020年の6月、静岡へ旅行に行きました。
今回は偶然立ち寄った浜松城で出会えた刀について書きたいと思います。

浜松城といえば徳川家康ゆかりのお城。家康が武田信玄との戦(三方ヶ原の戦い)に敗れて逃げ帰ったお城です。
三方ヶ原の戦いは敗戦時の家康の姿として『徳川家康三方ヶ原戦役画像【別名:顰像(しかみぞう)】』が描かれたことでも有名です。

『徳川家康三方ヶ原戦役画像』(徳川美術館所蔵)

この絵、なぜか愛嬌があって好きなんですよね。

そんな浜松城の中には徳川家ゆかりの刀が展示されていました。

情報量の多い写真ですが、私が注目したのは一番下に展示されている康継二代の脇差です。
パネルには下記のような説明が書かれています。

初代康継が家康公より葵紋と『康』の賜り康継となる。その子として将軍家御用鍛冶。初代より継承する。中心には三葉葵を切る。拵は徳川家伝来といわれる三葉葵一作の拵がついている。徳川家伝来品
康継二代(脇差)

徳川家伝来だけあり、葵紋が散らされた立派な拵です。美術館では無いのでライティングが悪く、刃文や肌があまりよく見えないのですが、刀身も力強く立派な姿です。重ねが厚そう。

ちなみにお父さんの越前康継(初代康継)は大坂夏の陣で焼けた名刀「一期一振」の再刃や「骨喰藤四郎」の写しを制作しており、明暦の大火で焼けた「骨喰藤四郎」や「宗三左文字」の再刃は三代康継が行なっており、康継家に対する徳川の信頼の厚さが感じられます。

また右側のパネルには新刀についての説明がありました。

新刀期に区別があるのは知らなかったです。勉強になりました。

そして、一番立派だと思ったのは関善定家近則作のこちらの太刀。

関善定家近則は美濃の刀工関善定家の養子になり、江戸三作のひとり大慶直胤に秘伝技法を学んだと書かれていました。時代的には新々刀ですね。

頑張ったら(思いっきり屈む)見える地鉄の沸!
刃文も見えます。これは美術館のライティングで見たらすごく綺麗な気がします。

帽子もシュッとしていて格好いい。

銘は「水戸住関善定家近則」と書かれています。字が綺麗ですね。(関係ない後ろのキャプションが気になる)

思わぬ場所で思わぬ出会いがありました。
浜松城には刀以外にも徳川ゆかりの甲冑などが展示されていて面白かったです。

最後に美味しかった浜松餃子のお店をご紹介。

餃子むつぎく

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