‐エピソード0‐ピーキーモンスターズ世界観小説(1)
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"ヒトが滅んだ世界"で、動物園から抜け出したペンギンとマンドリルがキッチンカーをやりながらダラダラ生きる、ほのぼの日常漫画「ピーキーモンスターズ」の舞台裏のお話。なぜ彼らの世界からヒトが滅んだのか?その真相が明らかに。
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がらんとした動物園の中で、町長は1人ぼーっと佇んでいた。
どれくらい時間が経っただろうか。
ふぅっと深く溜め息をついた後、園内をぐるっと見渡し、とりとめなく歩き始める。
静寂の中にザッザッと、
砂利を踏む音だけが響く。
のんびりと歩くのにちょうど良い広さのこの動物園では、動物達がエリアを自由に行き来できた。柵をたくさん設けるよりかは、多少なり過ごしやすいのではないかという配慮からだった。
実際に動物達がどう思っていたかはわからないが。
開園当初こそそれなりに親子連れの町民達で賑わったが、最近は全くと言っていいほど流行っておらず、客はほとんどいなかった。
ただ自分としては、それでも一向に構わなかった。もともと、道楽で始めたような事業だ。客足を増やそうとか園を盛り上げようとか、そういう方面の努力はしていない。
単に動物が好きだったから、好きな時に好きなだけ見られたらいいなという気持ちが半分。もう半分は、他の動物園で引き取り手がいない動物達がいると聞いて可哀想だと思ったから。
他に誰もいないなら、
自分が引き取ってやりたいと思った。
幸いにして家には資産があったので、町の資源とは関係なく、自分の裁量で好きに運営できた。
だからこそ流行ろうが流行るまいが気にもならなかったし、町民達も財源を知っていたので、「町長の道楽」というのが暗黙の認識であり、閑散としていようが特に問題視もされず、動物園はただのんびりとそこにあった。
しかしそれは、経済が安定していた場合に限る。
ひとたび経済不安に襲われると、
人々の心は荒んだ。
いくら自分達の税金で運営されていなかったとしても、長である人間が、「道楽」で流行りもしない動物園を運営するお金があるなら、それを自分達町民に回して、暮らしを少しでも豊かにしてほしいと思い始めたのだ。
不満の声は次第に大きくなり、町長の耳に届くようになった。
町長自身ももちろん、日本経済が段々と冷え込んでいること、自分の町にもその波がきていることに危機感はあった。
実際、町民達から声が上がるよりもずっと前から動物園の節約対策もしていた。
しかしながら、節約をしたところで、園が存在し運営を存続すること自体に、最低限の資金が継続的に必要なのは変わらない。
確かに町民の言うことはもっともで、町民達の生活が困窮しかけている今、動物園の運営資金を町の経済回復に充てたら、この先多少なりとも暮らし向きは良くなるはずだ。
自分の道楽と認識されている動物園の存在が町民達の不満の矛先になってしまった以上、経営存続は難しくなってしまった。
町の人達の暮らしや声を無視してまで、道楽を続けるのは本意ではない。しかし…。
動物園をたたむとなると、
動物達は一体どうすれば?
町長は頭を抱えた。
この動物園は「最後の砦」と言われていたほど、他の園から動物の引き取りを行っていたのだ。
ここで引き取れないなら、もはや行き先はない。
大体、資産家の町長の家のおかげで成り立っていた動物園だ。多くの場合、自治体の財源から資金繰りが行われるため、流行っていない動物園などは近年どんどん閉鎖されていた。
状況はわかってはいたが、それでもあらゆる伝手を使い、引き取り手を探しまわった。
どこか別の場所に移転させ、隠れて運営しようかとも考えた。しかし、経済危機はいつまで続くか分からず、町への資金投下も行っていくことを考えると、現実的ではない。
他にも様々な案を検討したものの、どれも実現は難しく、そうこうしているうちに町民達から動物園廃止の嘆願書が届き、ついに引き取り手が見つかることはなかった。
町長は決断を余儀なくされた。
会議で押し問答の末に
苦渋の表情を浮かべた後、
動物園は取り壊し、
動物達には安楽死の指示を出した。
その日、町長は
一睡も出来なかった。
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園内を端から端までゆっくり歩いてから、"立ち入り禁止"の札がついたロープを跨いで、園の外に出た。
取り壊し工事の日程が書かれた看板を横目に見ながら、すぐ近くの自宅へ向かった。
一旦家に入り、冷蔵庫から準備しておいた紙袋を取って庭に出る。
広い庭には木の茂みがあって、そこを奥に進むと、ある一角にひっそりと石碑が立っていた。
紙袋から果物や木の実などを取り出し、動物達がそれぞれ好きだったものを、名前を呼びながらお供えしていく。
手を合わせた。
目を瞑った。
鼻がツンとして一瞬、顔が熱くなった。
涙が一粒こぼれた、と思ったら
それから溢れて止まらなくなった。
「すまなかった。すまなかった、、すまなかった……」
たまらず言葉が漏れたが、
掠れて声にならない。
こうするために引き取ったわけではないのに。
許してくれなどとは言える訳もなく、自分には泣く資格もない。そう思って、皆の前、葬儀の時でさえどうにかして堪えた。
だけど、今はもうどうしようもなかった。
骨を残さないようにすることもできたけど、自分の元で弔い続けたかったから、お骨にしてもらい引き取った。
部下や業者に丸投げで任せることもできたけど、自分も全ての作業に関わった。
自分が始めたことの幕引きだ、
全部この目に焼き付けておかねばと思った。
自己満足でしかないのはわかっているけど、
石碑を建てた。
これからずっと、毎週園に視察に行っていたペースで、好物を供え続けることにした。
とめどなく流れる涙を拭うこともできず、
身勝手で傲慢だと認識しながらも
手を合わせ続け、
どうか彼らの魂が幸せでありますように
と願った。
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二作目-願いが叶う場所-はこちら。
https://note.com/hamsta_crowned/n/nb1e5ff884f84
ラスト三作目-邂逅-はこちら。
https://note.com/hamsta_crowned/n/nd33519660421
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