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-邂逅-ピーキーモンスターズ世界観小説(3)

「余命は、あと3か月程だと思われます」


医者の言葉を思い出していた。
末期の癌だった。

あれから2か月半、あと半月の命…か。


余命宣告を受けた時、悲しくも、ましてや辛くもなかった。何かの感情があったとすれば、1番近いのは安堵感だろうか?


やっと、と思ったのが正直なところだ。


役所内にある展望台に昇り、町を見下ろしてみる。

ずいぶんと様変わりしたものだ。20年前からすると、まるで別の場所のように思えた。

それもそうか。

あれから20年も経っているのだ。


その間に経済はすっかり回復し、町は以前よりもずっと賑い、活気に満ちている。町民達が笑顔なのは良いことだし、純粋に嬉しい。

けれど、自分自身はいつもどこか空虚な思いを抱えていた。


大規模な経済危機の際に動き回った結果、V字回復の立役者として注目され、世間からはいわゆる成功者のレッテルを貼られた。

事業内容の一部から、慈善活動家とも捉えられていたようだ。


町民達からは感謝や声援、功績を知った外部の人々からは称賛や敬意など、様々なものを向けられ、その度に苦々しい気持ちになった。


私の人生の目的はただひとつ、あの日私が全てを奪った「彼ら」への贖罪だけ。

何もかも、その為だけにやってきた。

絶対に経済を回復させなければ、あの日の選択の意味がなくなってしまうから、それこそ死にものぐるいでやった。

経済が回復した後も、もう2度と「彼ら」と同じ境遇になるものがいないようにと、たくさんの事業や団体をつくり資金を投下した。


確かにその過程で救われた人々や動物達は少なからずいたのだろうが、所詮は自己満足な贖罪の副産物であり、誰に褒められることでもないのだ。


町民の暮らしが豊かになっていく様や、「彼ら」と似た境遇のもの達を救える数が増えていく様を見ると、一時は安堵した。


しかしどんなにそれが増えたとて、
あの時の「彼ら」を救うことはできず、
帰ってくることもない。


毎回その結論に行き着く度、心がひどく重く沈んだ。

勝手な話、何度も、早くに寿命が尽きることを望んだ。何なら誰かに罰してほしかった。


ただ、「彼ら」から全てを奪っておきながら、自らを苦しみから解放する為だけに自死することは選べるはずもなく。

ひたすら、命を削るように働いた。

それでも皮肉なことに、丈夫なこの身体はどんなに鞭打っても生きていてくれた。そして動き回る度、無味乾燥な功績や富、名声が増えていく。

ある意味これが罰なのかもしれないと思った。


だから。


余命宣告は、
長い苦しみの終わりのように思えたのだ。


ああ。ようやく「彼ら」の元にいって直接謝罪できるかもしれない。謝って許されることではないが、責めるでもなんでもして欲しい。…いや。

そもそも私などとは会いたくもないだろうし、同じ場所に行けるわけないじゃないか。


何を馬鹿なことを。


自分の思考ながら、嫌気がさす。


一瞬、気持ちを切り替えてから展望台を降りて、自宅へ戻ることにした。


ーーー


石碑の前にたどり着き、
いつものお供えをする。


今日は、"あの日"からちょうど20年。

あと何度ここに来られるだろうか。


「君らよりずいぶん
長く生きてしまったな」


返事のない石に語りかける。


「もう全て準備はできているんだ。今後私がいなくなっても、君たちはずっと、供養し続けてもらえる場所に移す手筈になっている。ここが気に入ってたとは思えないけど、また勝手に移動させることを許してほしい。すまないね」


そう言って石を撫でて、手を合わせた。


しばらく祈りを捧げた後、自室に戻ると急に猛烈な眠気に襲われた。

たまらずベッドに倒れ込む。


"あの日"から、ぐっすり眠れた日はない。


身体と一緒に脳が働きすぎているのか、なかなか眠いという感覚にならず、寝ても細切れに起きてしまうのが常だったので、かつてない睡魔にやや戸惑う。

重い目蓋に耐え切れず一旦、目を閉じた。


が、しばらくするとやはり、また目が覚めてしまった。久々にぐっすり眠れそうだったのに…と少しがっかりして、ふと窓の外を見る。


すると、見慣れたいつもの景色の中に違和感…というより、見覚えのある何かが見えた気がした。


…?


あれは。


思わず窓に駆け寄った。
震える手で窓ガラスに触れる。


かつての、動物園だ。


一瞬、息が止まるかと思った。


高鳴る心臓を抑えつつ思考をぐるぐる張り巡らせる。そしてようやく、これは夢の中なのだ、と気がついた。

夢にしてはやけにリアルな感覚だが。


動物園から視線を逸らすことが出来ず、
目を凝らした。

少し霞んで、ここからだと中がよく見えない。


動物達は…?


そう思った途端、目の前が
動物園の入り口に変わった。


突然のことにびっくりしたが、どうやらこの夢は〈視点〉が自由に切り替わり、見たい場所を見せてくれるらしい。

自分の肉体は目視できないが、〈視点〉には自分だという感覚がある。不思議な気分だが、変だとも思わないのは夢だからだろう。

動物園をキョロキョロと見渡した。

どこか朧げで、霧がかかったような映像だがほとんど、あの頃のままだった。


懐かしい。


ただ、そこにいたはずの主達の姿は見えない。


ああ、やっぱり、会えないのか。
それはそうか。


あの日からどれだけ願っても、動物達が夢に出てきてくれたことは一度もなかったから。


気落ちしながらも、せめて懐かしいこの景色を味わおうと、〈視点〉を中へと移動させる。


すると、奥の方に、
いくつかの動く影が見えた。

驚きながらも息を凝らし、
〈視点〉をそっと進ませて近づく。


そこには動物達が数匹、いた。


私は雷に打たれたように、その場から動けなくなった。


彼らは昔のまま…いや、
昔よりもずっと、
のびのびと暮らしているようだ。


放心し、ひたすらその様子を眺めていた。


どうやら、あちらからはこちらを認識できないらしい。それは、良いことのように思えた。


ここにいる子達は確認できたが、他の子達は…

と考えた瞬間、また〈視点〉が
別の場所に切り替わった。


動物園の外のようだ。


自分達が住んでいる場所にとてもよく似ていたが、見たことがあるような景色とそうでないものがたくさん混ざっていた。


色々なところを見てまわり、次々と動物達の名や姿を思う度に、そのものがいる場所へとどんどん〈視点〉が切り替わる。

ある一定の距離までしか近づけず、声や音も聞こえないのだが、驚いたことにどうやら、人間のような暮らしをしているらしい。


服を着て、お店を構えたり料理を作ったり。車の運転や配達をしたり。働いている(ように見える)職種は様々で、タブレットをいじっている子達もいた。


はっきりとは見えないものの、

皆、よく笑っていることはわかる。


楽しそうに暮らす動物達は
可愛くて、可笑しくて、自然と頬がゆるむ。


「あの子は人間のものをよく集めてたからなぁ」とか
「あの子はぽつんと寂しそうにしてたから、仲間ができて良かったな」とか、つぶやきながらひとりひとり、全員の姿を確認した。


それから、皆が見える〈視点〉に
高さを変えて

「皆、本当に申し訳なかった、本当に…本当に…」

大声で何度も叫んだ。


動物達にはもちろん、
何も聞こえていない。


謝罪の声は虚しく響いた後静寂に飲まれ、

目の前には先ほどと変わらず
平和な世界が広がっているだけだった。


謝罪など、彼らにとっては
何の意味もないのかもしれない。


私の存在も、何があったかも、全て忘れてしまっているのかもしれない。

あるいは、そうだったらいいのにと、自分の脳が作り出した都合の良い幻なのかもしれない。


それでも。


私が好きだったあの子達が
今、幸せそうに笑っている。


それがただただ嬉しくて、
嬉しくて、たまらなくて。


涙で視界が滲んで見えなくなっていく。


またもう一度会えて、

こんな姿が見られるなんて。


泣いて、
泣いて、
泣き疲れて、

気がついたらベッドの上にいた。


そして再び
猛烈な眠気に襲われた。


今度こそぐっすり、眠れそうだ。


温かく満ち足りた気持ちで

胸がいっぱいになりながら


町長はゆっくりと、


深く、



眠りについた。



ーーー



経済危機を救った町の英雄は、多くの人々からその死を悼まれ、生前の功績を讃えられて、その名を冠した財団が創設された。

財団の働きは、生前彼が精力的に行っていた動物の保護から、環境の保護まで多岐に渡り、今日もたくさんの命を救い続けている。




<ピーキーモンスターズ世界観小説・終>

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