『北の玄武が逃げ出した』🐹🐙【第1話】漫画原作部門
【あらすじ】
【概要】
【登場人物】
🐹ハムーニャ
🐢玄武
🐉青龍
🐯白虎
🦆朱雀
👨🏻🎓坂東蓮
👩🏻💻高嶺理子
👨🏻🔬察時未来教授
👨🏻🦲和尚さま
【形式】
【第1話】①京大生のホテルバイト
「錦市場まで仕入れに行ってるんか?」
中年夫婦の男性が僕を手招きして尋ねてきた。
「すぐに上の者に確認して参ります。お待ちください。」
僕は今日からホテルのレストランバイトを始めた。フレンチのホールの仕事だ。
仕入れ先を尋ねてきた男性は鴨のコンフィをご注文だ。鴨の産地など出勤初日の僕が知るわけがない。
「力山さん、12番テーブルのお客様が鴨の仕入れ先がどこか知りたいみたいなんです。」
厨房に行き、マネージャーの力山さんに聞いた。するとこわい表情をして
「すぐに対応するわ!」と言ってお客様のところへ飛んでいった。
それからしばらくすると力山さんは後ろから僕の肩を叩いて小声で言った。
「坂東、さっきのお客さんな、嫌味言うたんや。料理出てくるの遅いゆう意味や。」
僕はゾクゾクした。まさかこれが京都の嫌味というやつか?全く気づかなかった。
今思い返せば、確かにあのおじさんは意地悪な笑みを浮かべていた。それに僕が上の者に確認して参りますと言った時、すっきりしない顔でこっちを見つめていた。僕が嫌味に気づかなかったから気に入らなかったのかもしれない。だが、不思議と嫌な気分はしなかった。新しいコミュニケーションの仕方をひとつ学んだ気がした。僕がこういうのに疎いのは京都人ではないからだ。2週間前に京都に引っ越してきたばかりだ。
レストランの営業が終わり、締め作業をしていると2つ歳上の先輩から厨房に呼ばれた。厨房に行くと売れ残ったケーキとパンがきれいに並んでいる。
「うちのレストラン、ケーキがいちばん美味しいんだ。毎日余るからさ、好きなやつ選んで」
「え、じゃあ、どれにしようかな」
「マネージャーに見つかると怒られるから早くはやく!何なら全部持って帰っていいよ。」
「え、いいんですか?じゃあ遠慮なく」
僕は先輩が渡してくれた紙袋に急いでケーキとパンを詰め込んだ。
「それから1つ約束。これ、更衣室にそのまま持ってくとマネージャーにすぐ見つかるから、一旦ゴミ捨て場に置いて来て!それで帰りにこっそり持って帰るんだ。みんなそうしてる。」
みんな上司の目を盗んでそうしているらしい。
確かに、ひとつ800円もするケーキをタダで、しかもこんなに山盛りもらえるなら、そのくらいのリスクを取る価値はありそうだ。
僕は計画通りミッションをクリアし、退勤後に一度捨てたはずの紙袋を拾って帰った。帰ったと言っても帰る家はまだない。大学の合格発表から入学式まで2週間しかなく、僕はカプセルホテルに宿泊しながら大学とバイトに通っている。1日も早く住む家を探さなければならない。即決できない理由は、お金のなさだ。最初に行った不動産屋では予算を伝えると、そんな条件で空いてる部屋はどこを探してもないと門前払いされた。
宿泊中のカプセルホテルに戻って、廃棄になったパンを食べようと紙袋に手を入れた。するとモフッとした何かに手があたった。
「ん、何だこれ?」
袋の中を覗くと、灰色の生き物がうずくまっている。よくみるとハムスターのようだ。どこで紙袋に入ったのだろうか。僕は昔飼っていたジャンガリアンハムスターを思い出した。ハムスターを見ると昔一緒に住んでいた父さんのことも思い出す。幼い頃のことを思い浮かべると涙が出た。
「なっつかしいな。昔飼ってたチョビにそっくりだな。ハムちゃんどっから来たの?」
僕はハムスターに話しかけたが、怯えているようだった。袋の中をよく見ると、ほとんどパンがなくなっている。
「お前、ひとりで全部食べたのか?」
そう聞くと心なしかハムスターはうなずいたように見えた。もし飼い主に捨てられたのなら飼ってもいい。だが、この狭いカプセルホテルでは無理がある。
このハムスターのためにも1日も早く家を決めたかった。明日は大学が休みだ。朝から不動産をあたってみよう。
【第1話】②ハムーニャの来日
日本への潜入調査を命じられたのははじめてのことだった。
今回はキョートという地域で任務がある。千年の都と呼ばれる場所らしい。
同僚からは羨ましがられた。
「よう、ハムーニャ。キョートに決まったんだって?いいなー、美味いもんたくさんあるんだぜ。老舗料亭吉鳥さんの京懐石一度でいいから食べてみたいなあ。いいもん食べてこいよ。」
「そういうのって一見さんお断りとかいう文化じゃなかった?」
「正式な客として行ったらそうだな。だが我々は裏街道を生きるハムスターじゃないか。日本は食品ロスが多い国だ。店の裏口のゴミ捨て場なんかに行けば手をつけていないご馳走がたんまりと手に入る。」
「そりゃいい。日持ちするもんがあればもって帰るよ。」
ワタクシが自国で最後にした会話はこんな他愛もないことだった。
東海道新幹線を降りて京都駅の改札を出ると、ありとあらゆる言語が聞こえてくる。海外の観光客も多いが日本語も聞き取ることができた。ワタクシは密かに日本への憧れがあり、スパイ養成学校では日本語学科を専攻した。ついに学んだことが活きる時が来たのかと思うと心が踊る。
日本の食を学ぶ授業では、寿司か鉄板焼きを極めることができた。ワタクシは鉄板焼きを選択し、たこ焼きを選んだ。そこでいいご縁があり、ワタクシには大阪ナニワ出身の師匠がいる。師匠は世界たこ焼き選手権で優勝まで導いてくれ、ワタクシの低い自己肯定感を底上げしてくれた恩師だ。少し寄り道して難波まで挨拶に行きたいところだが、寄り道はゆるされない。ソースに青のりマヨネーズもいいが、品のいい出汁でとったお吸い物や濃厚な抹茶スイーツを是非とも堪能してみたいものだ。そんなわけで、ワタクシの頭は任務のことよりも食べ物のことで埋め尽くされていた。
まずは宿泊先を決めることにした。
今回潜入するのは大学の研究室だ。どうやら左京区の吉田という辺りにあるらしい。京都駅からみるとだいぶ北の方だ。今から行けばバスで1時間はかかる。時刻はもう22時を過ぎていた。今日は移動で体力を使い果たし、空腹が限界に達していた。ひとまず今日は京都駅の辺りでディナーを取ることにしよう。同僚が言っていた吉鳥という料亭の料理を早速試してみようと思う。調べたところ、ここからいちばん近い店舗は京都駅の西側、堀川通り沿いにある都急ホテル内にあるようだ。このホテルの内部情報にアクセスし、レストランと繋がる厨房、そしてゴミ捨て場の位置関係を調べると潜入は比較的容易な場所にあった。あまりひと目につく場所よりも、こういう駅から少し離れた裏通りから入れるところは都合が良い。迷わずここに決めた。
ゴミ捨て場に来て驚いた。食べきれないご馳走で溢れている。さわらの西京焼きにもっちり胡麻豆腐、海老の天ぷらにホタテの貝柱、うなぎご飯まで捨てられているではないか。和食というのは世界無形文化遺産のはずだ。文化遺産を容赦なく廃棄にするとはなんと罪深いのだろう。ワタクシの生きるアンビエント国ではまず手に入らない貴重な食材だ。ありがたくすみずみまで頂いた。ひと通り日本の文化財を味わった後は別腹の甘いものが欲しくなった。
スイーツの廃棄がないかと周辺のゴミ袋を漁っていると、どことなく懐かしい顔の青年がごみ当番でやって来た。半透明のごみ袋の中に紙袋が透けて見える。袋の外からでも香ばしいシナモンの香りが漂っている。青年がゴミ捨て場を出ていくのを見計らって漁ってみると妙に綺麗な紙袋にびっしりとケーキとパンが詰まっていた。これは洋食レストランの方の廃棄のようだった。ワタクシは紙袋に飛び込み、思う存分シナモンロールにかぶりついた。紙袋の奥には念願の抹茶ロールケーキもアップルパイもモンブランもあるではないか。疲れた脳に甘いスイーツ。至福の空間に包まれていつの間にか眠ってしまった。
紙袋が揺れる振動で目が覚めた。
するとワタクシの耳に信じがたい音声が入ってきた。
「次は烏丸御池、烏丸御池です。東西線にお乗り換えの方はこちらでお降りください」
今はまだ昨晩の紙袋に入ったままである。パニックを起こしそうな自分を必死に堪え、上を見上げた。昨晩ゴミ当番で紙袋を捨てにきた青年が不安げな顔をして座っている。この時点で少なくとも推測できるのは、男子学生が何らかの事情で一旦捨てたゴミを持ち帰り、いま京都市営地下鉄に乗っているということだ。北大路という駅に着くと、紙袋が持ち上がった。青年はどうやらまだ気づいていないようである。今のうちに逃げ出す他ないと思ったものの、車内は観光客で混み合っている。下手に逃げれば間違いなく目立ってしまうだろう。迷子のペットとして捕獲などされて報道されても厄介だ。今は大人しくしていよう。ワタクシは、少しだけこの青年を信じることにした。
【第1話】③蓮の新居 いわくつき物件
「いらっしゃいませ。春から学生さんですか?学生の方には特典ありますよ。こちらにご記入お願いします。」
僕は今出川不動産にやってきた。全国チェーン店ではないこぢんまりした店だ。担当になったのはベテランの雰囲気が漂うタヌキ顔のミタニさんだ。歳の頃は60前後といったところだろうか。
・家賃2万円以下
・楽器演奏可能
・ペット飼育可能
・即入居可能
希望条件はこの4つだ。
記入した用紙を見てミタニさんは困った表情を浮かべている。
「京大の学生さんやゆうことは北東エリアが便利やとは思うんやけどねえ。例えば駅から遠い一乗寺なんかやと2万円で即入居可のお部屋はいくつかあるんですよ。ただねえ、楽器演奏とペット飼育可能になってくるとどうしても家賃がお高くなってまいます。」
どちらの条件も譲るつもりはなかった。
「多少大学から遠くても構いません。エリアを変えても見つからないようでしたら他を当たりますので。」
ミタニさんは少しうつむいて10秒ほど黙り込んだ後、何かを思い出したようにpcでデータを探しはじめた。
「決してオススメはできんのやけど、1件だけ2万円以下で楽器OKペットOKのとこありますわ。」
そう言って物件情報を印刷して持ってきた。
「これです。どうぞご覧になってください」
ミタニさんは気まずそうに印刷したての生温かい用紙を差し出した。
外観の写真が載っている。西洋風の煉瓦造りの建物だ。普通のマンションでもなく、ボロアパートでもない。家賃は1万5千円。広さは27平米もある。禁止事項は特になさそうだ。
ミタニさんは京都の地図を広げて説明を始めた。「坂東さんが通わはる京大吉田キャンパスエリアは京都市左京区はこのあたりやね。京都市内で言えば北東にあたるんですわ。この物件がありますのは下京区。方角でいえば大学から南西になりますわね。ここは遠いですよ。バスで50分くらい。最寄駅は地下鉄烏丸線の五条駅。西本願寺と東本願寺の間にあるから、京都駅も徒歩圏内。立地はそんなに悪くありません。ただ...」
ここまでテンポ良く説明したミタニさんは急に顔を曇らせた。
「この物件ね、全部で6室あるんですけど、大家さんは、他に住人はいないていつも言わはるんです。やけどこれまで住まはった人みなさん言いますわ。隣からも上からも下からも生活音や奇声が聞こえるって。そんで不気味がって1ヶ月足らずでみなさん引越さはるんです」
僕は前のめりになって尋ねた。
「それっていわゆる事故物件ですか」
「いえ、この会社に勤めて25年ずっと京都で働いてますけど、知る限りこちらの物件で人はのうなってません。そないな噂も聞きませんし。この201号室は日当たりも良好です。ここまでお聞きになって、それでもええと言わはるんやったらご紹介はできますけど」
ミタニさんは自信がなさそうに言う。
「その部屋に決めます」僕は即答した。
ここまで事実を包み隠さず教えてくれる不動産屋もそうないだろう。逆に信頼できる。それに普通じゃないほうが自分には合ってる。僕は好奇心を募らせた。
「一度内見された方がいいですよ。思ってたんと違うゆうこともようありますし」
「それもそうですね、内見お願いします」
僕はそのままミタニさんに案内してもらい車で物件へ向かった。思いのほか道が空いていたせいか10分程度で物件についた。
物件名は『伝道ハイツ』。周辺は仏具屋が立ち並び、静かな場所だった。
外観は西洋風の建築かと思えば、イスラム風のドーム屋根が乗っていて洒落ている。思っていたよりもずっと立派な建物だ。建物の周囲にある羽の生えた風変わりな動物の石像も、玄関を入ったところのアール・ヌーヴォー風の照明も何もかもが気に入った。他に同じような物件はありそうもなく、誰とも被らないのがいい。それにしても、この条件で1万5千円という安さは不思議で仕方なかった。
即入居可能とは言え、通常は一週間程度かかる審査に通ってからでないと住み始められないという。ミタニさんがどうにか今日から住まわせてくれないか大家さんに交渉してくれた。するとあっさり受け入れてもらえた。
僕は一旦不動産屋に戻り契約を済ませてからすぐに伝道ハイツに戻った。
幸い家具付きの部屋でベッドはある。今日は腰を傷めずに眠れそうだ。
家が決まって安心したのか急にお腹が減った。
スマートホンの地図で確認すると、最寄りのスーパーは家から10分以上ある上に飲食店もあまりない。仕方ない、今晩はウーハーイーツでバーガーセットでも頼もう。そういえばハムスターの餌も用意できていない。ハムちゃんには今晩ポテトでもつまんでもらうか。
そんなことを考えているとドアをノックする音が聞こえた。
「ドンドンドン。ウーハーイーツです!」
意外と早く来たようだ。呼び鈴はあるはずだが、どうやら壊れていて鳴らないと配達員が教えてくれた。
ビニール袋を受け取った時、バーガーセットにしては重いような気がした。すぐに中身を確認すると、木箱に入った正方形のお弁当が入っているではないか。配達員はもうバイクで出発してしまったようである。返品しようか悩んだが、空腹が限界の僕は黙ってそれを食べることにした。
弁当箱には丁寧に献立の書かれた紙が挟んである。
「何だよこれ。めちゃくちゃ豪華じゃん。こりゃ幸先いいよ。」
僕は1品ずつハムちゃんと分け合って美味しく頂いた。
【第1話】④ハムーニャの思いがけない出会い
うっかり眠ってしまったせいで、ワタクシは見知らぬ青年に拾われてしまった。
厄介なことにワタクシを飼おうとしているようだ。とんだ予定狂わせだ。
青年はリュックサックの中にワタクシを入れて、どこかへ向かっている。逃げようと思えばいくらでもタイミングはある。だがその前に念のため、リュックサックの中で財布を漁り身分を確認した。
彼の名前は坂東蓮。19歳。東京都出身。
学生証に京大医学部と記載されている。
なんとワタクシが潜入しようとしている医学部の学生ではないか。しめたぞ。これは有力な情報に繋がるかもしれない。この出会いは予定狂わせどころか、思いがけぬ近道の予感がする。そんなわけで、逃げることはひとまずやめ、蓮についていくことにした。
この日、蓮はようやく一人暮らし用の家を見つけた。
入居初日、蓮からウーハーイーツの残り物をもらった。大学生のわりに随分と贅沢なお弁当を食べていると思ったら、本来頼んでいたファストフードは届かず、配達員のミスで他のお客さんのものが届いたらしい。それにしても、ウーハーイーツでこんなに高級な料理が運ばれてくるとは日本は食に恵まれている。
もらった饅頭をひと口食べると、天にも昇る気持ちになった。味わったことのない多幸感に包まれてワタクシは眠ってしまった。
翌朝、蓮のピアノの音で目が覚めた。
しばらく聴き入っていると、これまでの明るいFメジャーのモーツァルトと打って変わってDマイナーのバッハが始まった。
すると突然、強い耳鳴りがしてワタクシの頭の中に誰かの過去が入り込んできた。
なんだ?なんだこれは?不思議な感覚だ。
最初は何が起きたのかわからなかったが、それは蓮の幼い頃の思い出のようだった。
そんなところで蓮の回想は終わり、ワタクシの頭は平常に戻った。
人間というのは恐ろしく浅はかな生き物で、信用してはならないとワタクシの国では言われている。人間は誰かに必要とされたいという承認欲求を満たすために動物を飼い、都合が悪いと見捨て、時に残酷な実験に利用する。だがワタクシの想像していた人間と、蓮の見た過去は少し違った。蓮は動物に優しい。人間というのは必ずしもこわいものではないのか。
いやいや、ここで情が働いてしまえばスパイ失格だ。ワタクシは気を取り直して潜入調査の計画に頭を切り替えた。
「ハムちゃん、君のケージとか餌とか一式買ってくるよ。留守番しててね。」
ケージだと?ワタクシは生まれてこのかたそのような檻に入ったことがない。
そんなもんは必要ないぞと言いたかったが、彼には出かけてもらえると助かる。
蓮が出かけた後、ワタクシは彼の学生アカウントをのっとり情報収集をはじめた。
今回の任務は、最先端の遺伝子情報を盗み、国に持ち帰ることだ。この遺伝子は幻のユーゲンという特殊な生物から取ることができ、あらゆる動物の老化を防ぐことができると言われている。
上手く使えばハムスターの寿命を70年くらいは伸ばすこともできるかもしれない。だがその生き物の正体も生息地もいまだわかっていないのだ。
ただ、ひとつ手がかりがある。京大医学系研究室の察時という教授がユーゲンの研究をしていることだ。どうやら日本国から助成金をもらい実験をしているようなのだ。ワタクシは察時の研究室に潜入し、ユーゲンの生息地を明らかにする予定だ。
まずは教授のスケジュールを確認だ。確実に研究室にいない時間はいつだろうか。
待てよ。その前に厄介な存在がいるではないか。研究室秘書だ。こちらの行動にも気をつけなければならない。さて、どうしたものか。
そうだ、いいことを思いついたぞ。京都には駐在している協力者がいる。アンビエント国のスパイの一員だ。ワタクシはやつに秘書の行動を追跡するように依頼した。ひとまず、その報告を待つことにしようではないか。
【第1話】⑤蓮の新学期 霊獣学の授業
前期の授業が始まった。
僕は単位取得が楽な授業を片っ端から調べて履修登録した。
今日の4限はその中でも特に楽だと噂の民俗学aの初回授業だ。
教室に入ると、ざっと50名はいる。
民俗学を純粋に学びたい学生に申し訳ない気さえする。
「はい、それでは授業を始めまーす。どうも初めましての人が多いかな。この授業を担当する鳥山です。」
鳥山先生は見るからに人の良さそうな顔をしている。歳の頃は40くらいだろうか。社会の荒波に揉まれたことのなさそうな純粋な笑顔が特徴的だ。
僕はこの話に心当たりがあった。今住んでいる場所にとても近い気がする。
霊獣が姿を消すというその門は僕の部屋から見えるのだ。
僕は他人事ではいられなかった。
今の家に引越した初日。頼んだ覚えのない七口弁当。
あれはいったいなんだったのだろう。
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