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健太いのちの教室 企業防災の脆さ 津波で息子さんを亡くされた方の話を聞いて


はじめに

数日前から、東日本大震災でお子さんを亡くされた方、福島の原子力発電で被爆された方のお話を聞くために、フィールドワークに来ている。

宮城県の松島で「健太いのちの教室」という一般社団法人を立ち上げていて、津波で当時25歳だった息子さんを亡くされ、今は様々に伝承活動をされているご夫妻のお話を聞いた。これは、企業防災というものに関わるお話で、本当に就職する前に聞けて良かったというか、このお話を聞かずに就職先を選ぼうとしていたことそのものが恐ろしいし、ゾッとすると思うくらいのお話だった。


テレビで、東日本大震災が起きて、沢山の方々がなくなったということは知っていても、亡くなった方はやむ負えず亡くなったのか、それとも避難できる場所に移動することが出来たのにそうすることが出来ず亡くなったのかその状況まで知ることはなかなかない。

今回は、現地で直接生の声を聴くことが出来たことにより、実際に何が起こっていたのかを知ることが出来た。

健太さんについて

健太さんは、宮城県出身で震災が起こった当時25歳。東京の大学に進学し、地元に戻って就職する際に、親の「地元で就職するならそれなりにしっかりして有名な企業に」という期待もあり、宮城県でトップの銀行に就職されてた。

働き始めて1年ごろ、自分の意見を上司に言ったところ怒られたという経験から、自分の意見を持っていて主張するタイプの健太さんにはその風土が合わず、「結構仕事つらい、、」という言葉をお母さんにぽろっとこぼしたらしい。

お母さんは、「せっかく良いとこ入ったんだからせめて(入社してから3年の)あと2年は頑張ったら」と言っていた。

お母さんは、まさか健太さんがその後亡くなるとは思わずこの言葉を発したが、健太さんが亡くなった後では頑張れとか言わなくてもよかったと少しその言葉を発したことに後悔しているらしい。

健太さんが亡くなった背景 ~メディアでは決して表に出ない裏の部分~

健太さんが働いている支店は、女川の町の海から近い場所にあった。

その日は、支店長が外回りに出ており、津波の警報が出て、その町にいる人たちは、みんなそばの山に避難しているのにその支店長は、何故か「屋上に避難しろ」と言った。また、健太さんは「地震が来たら逃げやすいように自分がいる建物のドアは開けておく」と過去に教わっていたので、ドアを開けておいた。また、金庫の格納や資料の収納も行っていた。

しかし、支店長の指示でドアを締め、屋上に避難することになった。

屋上に避難していると、近くの山に逃げている人たちの「早く逃げろ!
!という」声が沢山聞こえたが、

会社では上司の指示に従う義務があり、個人で自由に発言出来たり、自分が思ったままに行動できるわけではないので、やむ負えずそのまま屋上に避難していた。

その後、津波が襲来して水かさが増し健太さんを含む行員12名が犠牲になった。

指定避難場所である高台の堀切山までは、走れば1分の距離で、近隣に住んでいた人たちは皆その山に避難し、信じられないことに600名が助かっている。

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「俺が殺したんじゃない」 

健太さんの父親は、健太さんと連絡が付かなかったので、女川まで作業着と長靴で探しに行った。(作業できる格好で)

しかし、一緒に現地まで行った銀行のお偉いさんはスーツ姿で革靴で談笑しており、銀行の管理下で人が沢山いなくなっているのにも関わらず、探す気が全くなかったという。

また、その数日後銀行幹部や頭取の方は、

「俺が殺したんじゃない。」とか、

「田村さん夫妻には、娘さんがいるんだから、娘さんを大切にして下さい」

支店長は間違った判断を下しているのに、「支店長は危機管理のプロです」

等と人間としてあり得ない言葉を発した。

震災が起きて12日後の23日には、自分たちに都合の悪いことは言わず、目も合わせなかった。

半年後にあった話し合いをする機会では、殉死(主君の後を追って自殺すること)ではなく、何故か死亡退職という扱いになると言われ、田村さん夫妻は納得がいかなかった。

また、現在社内ではこの女川支店で起きた出来事がタブー視されており、この事件が起きた女川支店で働いている人も何が起こったかを知らず、何事もなかったかのように働いているという。

企業防災 田村さん夫妻から、社会人として働く人へのメッセージ

会社に入ると、集団として行動せねばならず、個人として行動できない。

しかし、自分の意見を自分で言える環境・勇気が必要で、自分の意見を言えない会社は古臭い。

企業である以上、経済合理性を求めることも重要であるが、そもそも人があって企業が成り立っているので社員を大事にしてくれる会社に入るのがいい。(大体の会社は、1番目に経済合理性、次にお客さん、最後に従業員を大切にする。)

その会社のネームバリューだけではなく、例えば、どのような防災体制があるのか、避難訓練をどのように実施しているのかなど様々な角度から調べて自分にとってどのような会社が会うのか見極め出来るような知識が必要だ。

私の所感

津波が起こって沢山の方が亡くなったという事実を聞いて、私は今までその方たちはやむ負えず運が悪くて、逃げ切るタイミングが遅くて流されたのかと勝手に思っていた。

しかし、本当は守ることが出来たはずの命、この場合企業によって殺された命も中にはあることを知った。

私は、生きた心地がしない思いを体感したことはあっても、自分の命の危機を感じたことがない。

そんな私が会社に入るという事を考えると、自分が興味がある事業内容なのか、どのくらいのお給料や休みがもらえるのか、転勤はあるのか、社長はどんな考えをしている人なのか等を見てしまう。

しかし、命があってこそ仕事が出来るわけで、自分の命を、ひいては自分を大切にしてくれない会社、意見を言うと怒られる会社に入っても、自分は幸せになれないし、天国に行った後で、そのような会社を選んだことを悔やんでも悔やみきれないかもしれない。

私は、この文章の最初に、「今回のお話を聞かずに就職先を決めようとしていたなんてゾッとした」と書いた。

それは、自分の命がある前提で就職先を決めようとしていたし、自分の心臓が毎日ドクンドクンと動いていること、毎日ご飯を食べて、お風呂に入って眠りにつくことも、好きなことが出来ること、そして何より自分の意見を言えることも当たり前だと勘違いしていたからだ。

自分の意見を言える環境に入るために、良いなと思った場所でも色んな角度から見て、この場所だったら万が一の時でも、自分の命が守れそうだ!と思った場所を見つけるために、企業防災について知識をつけたい。

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