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すイエんサーガールズと探究的な学びとデザイン思考

NHKの教養番組『すイエんサー』をご存じですか?

…と言っている私も、そんなに見たことはないのですが←、好きな回があります。

それが『知力の格闘技』というシリーズものの初期の回『○○大学からの挑戦状!』編です。

『すイエんサー』は、「すイエんサーガールズ」(略して「すイガール」)という女の子たちが専門家の協力を得ながら、日常のちょっとした疑問の解決や、科学の力でやってみたい実験に、体当たりでチャレンジする、といった番組です。

中でも『知力の格闘技』は、チーム対抗で、紙とピンポン玉など、簡単な材料を組み合わせて、より高いタワーを作ったり、シーソーを作ったりといった課題に取り組むシリーズです。

ことの発端は、2012年2月21日放送の「東京大学からの挑戦状!」編(と思われる)。以降、いくつかの大学の学生や、教授陣、最終的には企業の研究者のチームとも、すイエんサーガールズが対戦してきました。

細かい対戦歴は、以下の記事によくまとまっていたので、紹介します。

このシリーズの面白いところは、アイドルやモデルで構成されるすイエんサーガールズのチームが、東大や京大と言う名だたる大学の理系学生のチームと互角に対戦……どころか、特に初期は結構な差をつけて圧勝してしまうところです。

上の記事にもまとめてあるように、すイエんサーガールズチームは、最初の東京大学との「ペーパーブリッジ対決」(紙で重りを載せてもつぶれない橋を作る)で“まさかの勝利”を獲得して以来、同じく東大との「ペーパータワー対決」、京大との「ペーパーフライ対決」とガンガン勝ちます。

東大との対決はDVD化されています。

で、この辺りについて、プロデューサーの村松秀氏が書いたのが『女子高生アイドルは、なぜ東大生に知力で勝てたのか?』という新書。

(こちら現在注文中で、届いたら読みます。後でその記事も投稿予定。)


京大チームとの対戦は、残念ながら映像が残っていません。ただその当時のブログがあったので、紹介させていただきます。


その後いまいち勝てなくなるすイエんサーガールズチーム

名門大学の学生を相手に、まさかの勝利を収めまくるすイエんサーガールズ。しかし、その後すイエんサーガールズチームは、いまいち勝てなくなっていきます。そのあたりを分析したのが以下のページです。


【ここから本題】何の話かと言うと…

ここで、これまでのお話を整理します。

すイエんサーガールズは、なぜ大学生たちに勝つことができたのか。

色々要因はあるのだと思います。ただ象徴的なのは、理論をこねくり回してブリッジやタワー、飛行物体を作り出す学生に対して、すイエんサーガールズが「とりあえずやってみる」を大切にしていることです。

提示された課題を明確にし、与えられた限りある資源をどう使うかを考える。そのために、とりあえず実験して観察するのです。

例えば、京大生とのペーパーフライ対決では、「できるだけ滞空時間の長い飛行物体を作る」。これが課題で、資源は「A4用紙1枚」です。そこで、すイエんサーガールズは、とりあえずA4用紙を落としてみます。

で、紙の面が地面と平行になっている時間が長いほど、落ちるのが遅くなるという現象を観察によって発見します。

その結果、編み出されたのが、なるべく地面と平行に落ちるように、何もせずにそのまま落とす、という絨毯作戦。(※一応、四隅を丸く切っています。)

これにより、なんと京大生が色々理論を適用して作り出した飛行物体と比べて、1.5倍ほど滞空時間を長くすることに成功。

京大生とのバトルには続きがあり、A4用紙1枚での戦いの後、A4用紙5枚に拡大した戦いが用意されていました。そこでも20パターン近くのプロトタイプを作成し、実験を重ねて、最終的に勝利を得たのです。

<課題の定義→実験→試作品づくり→テスト>を(2周目以降は、各段階を飛ばしたり戻ったりしつつ)繰り返す中で、課題解決に成功したということです。

東大生とのペーパーブリッジ対決における、紙をくるくる丸めて作った細長く強度の高い棒「すイスティック」の発明も同じです。

※ただし、「すイスティック」は、最初いきなりこのアイデアを思い付いたのと、初回とあって番組側がだいぶヒントをくれたので(多分、こんなにすイエんサーガールズが勝てると思っていなかった)、あまり試行錯誤の中で生み出したという感じではありません。

試行錯誤による課題解決は、まさにスタンフォード大学のd.schoolが提唱する「デザイン思考」のプロセスそのものです。「d.school デザイン思考」で画像検索すると、画像も出てきます。

プロセスは、共感(ユーザーへの共感)、定義(課題・問題の特定と定義)、創作(アイデア出し)、プロトタイプ、テストの5段階に分かれ、相互に繰り返しながら、課題解決を目指します

※この順番通りに繰り返す必要はありません。必要に応じて、飛ばしたり、立ち戻ったりしながら進めます。

実験と観察は、「創作」の段階に入ってくるでしょう。「プロトタイプ」→「テスト」も実験と観察です。

基本的な考え方は「とりあえずやってみる」です。もちろん、その後ちゃんと省察して、次に生かすことが重要であり、これは「手あたり次第、何も考えずに手を動かし続ける」ことを意味するわけでは決してありません

ただ、最初から頭で延々と考えるより、とりあえず実物を見る、やってみるという心構えが、課題解決を生むのです。


デザイン思考のありがちなミスもすイエんサーガールズは示している

しかし、すイエんサーガールズは、勝利を繰り返す中で、「突拍子もないアイデアを出すこと」ばかりを重視して、観察と省察を怠るようになっていったようです。そして、次第に勝てなくなっていく…。

これは、デザイン思考によくあるミスです。つまり、「手あたり次第、思いつくままにアイデアを出すが、どれもこれもありきたりだったり、面白くても使えなかったりする」というケースです。

課題を定義した後、まず実験をしてみて、現象を観察する。またプロトタイプを作った後のテストでも、欠点を炙り出して更なる改善に結びつける。そういう「落ち着いて現象をふりかえる過程」「失敗に意味を見出す過程」が雑になると、課題解決は遠のいてしまうのです。


「プログラミング的思考の育成」と言われるが…

小学校でプログラミング的思考の育成が目指されるようになりました。プログラミングはまさに、こうした「まずやってみる」「現象を観察して、次に生かす」という考え方がとても重要になる取り組みです。

別にパソコンに強くなることが目的なのではないのです。目的は、「頭でっかちで延々と考えるばかりで、手を動かさない」「失敗を極端に嫌がり、なかなかやってみない」「慎重すぎる」といったマインドをぶっ壊すことなのです。

普段、ペーパーテストで、初見の問題に対して、最後の答えをいきなり完全に当てないと、○がもらえない環境で、子どもたちは学ばされています。(もっとも、それが本当に「学ぶ」という行為なのか、私にとっては疑問です。)

それを繰り返していると、いつしか失敗が怖くなり、さっさと1回やってみて、様子見して修正すればいいものを、なかなかトライしなくなってしまうのです。

なんと、プログラミングの指導でも、最初、紙に「ロボットを、右に45度回転させるには」といった課題に対するプログラムを書かせて、正解するまで延々、「先生に赤ペンでチェックを入れられては、修正する…」を繰り返し、正解になった子だけが実際にロボットにプログラムを打ち込んで実験できる、といった訳の分からない指導をしている学校もあるようです。

先生の把握している手法以外でも、結果的に正解してしまうケースもあります。それでも良いのです。答えは一つではありません。

したがって、本来採られるべき指導は、「とりあえずプログラムを打ち込んでロボットを実際に動かしてみる」なのです。で、修正していけばよいのです。

もちろん、自分にはない発想を活かすことが重要になってくるので、4人グループなどで取り組むことが大切です。協働と素早い試行錯誤。それこそがプログラミング的思考力なのです。

※協働と素早い試行錯誤は、アジャイル開発とも呼ばれます。

そしてそれは、必ずしもプログラミングの時間だけ、協働と試行錯誤を許すだけでは、身につきません。

例えば、小学校でも英語の授業が始まりましたが、そこでも同じことです。「英単語をしっかり覚えてからじゃないと、書くことも話すことも許されない」というのでは、プログラミング的思考は身につきません。

「とりあえず辞書や翻訳アプリを使ってもいいから、英語で自己紹介をグループ全員ができるようになる」が大事なのです。落ち着いて考えるのは当然大事なので、後で、考えた文章に使った単語や文法を復習するのも大事です。ですが、そればかり考えていたら、いつまで経っても実際に書いたり話したりする段階にたどり着けません。

失敗していいからやってみる。その場面を早く、たくさん提供することが、これからの教育には求められているのだと、私は考えます。(繰り返しになりますが、当然、落ち着いて省察する時間も必要。)


高校では「総合的な探究の時間」が始まります

さて、こうしたマインドの転換は、何も小学校だけの話ではありません。高校では、今後「総合的な探究の時間」という授業が必修になります。

「探究」です。

私だったら、学期の初めに、それこそ『すイエんサー』の『知力の格闘技』にそのまま取り組んでもらいます。「協働と素早い試行錯誤」に、「失敗と省察」に、体を慣らすのです。

そして、それを「探究」の時間に限定せず、日ごろから実施することが大切です。

初見の問題に完全に正解しないと✕になるテストなど、やめてしまいましょう。学期の初めに課題を提示して、何度か下書きのやり取りや生徒同士の高め合いをして、最終原稿を書くのが定期テスト、というほうが良いのです。全員満点でも良いのです。

でないと、結局、失敗が人にバレるのが怖くなり、「協働と素早い試行錯誤」は身につきません。「探究」の時間限定の小手先の技になり、卒業と同時に忘れ去られてしまいます。

まとめ

頭でっかちを生み出す今の学校教育は、変化の激しい時代に対応できません。失敗してもいいからやってみる、失敗から学ぶ。それができないと、うじうじ考えているうちに時代は変わってしまいます。

新型コロナウイルス感染症の流行で、オンライン教育に移行せざるを得ない状況が生まれています。しかしそれでも、全然チャレンジしない学校や教員が少なくないのは、まさに「失敗してもいいからやってみる」マインドが教師にすら無い(むしろ、日ごろ生徒の前で失敗してはいけないと思い込んでいる教師だからこそ無い)ことの証拠ではないでしょうか。

多少不格好でもいいから、やってみる。そして省察と協働――生徒も教師も一緒になって――を経て改善していく。

そういうプロセスに、教員の姿勢も、学校の学びのあり方も、劇的に変わるチャンスが今、ここに巡ってきています。



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